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松本清張_

No_0101

題名
読み コエ
原題/改題/副題/備考 【重複】〔(株)光文社=松本清張 短編全集05(声)(光文社文庫)〕
本の題名 松本清張全集 36 地方紙を買う女・短編2【蔵書No0086】
出版社 (株)文藝春秋
本のサイズ A5(普通) 
初版&購入版.年月日 1973/2/20●初版
価格 880
発表雑誌/発表場所 「小説公園」
作品発表 年月日 1956年(昭和31年)10月号〜1956年(昭和31年)11月号
コードNo 19561000-19561100
書き出し 高橋朝子は、ある新聞社の電話交換手であった。その新聞社は交換手が七、八名いて昼夜勤が交代であった。三日に一度は泊まりが回ってきた。その夜、朝子は泊まり番に当たっていた。三名一組だが、十一時半になると、一名残して二人は仮眠する。これも一時間交代だった。朝子は交換台の前にすわって、本を読んでいた。一時半になったら、三畳に蒲団をのべて眠っている交代者と代わる。代わったばかりだから一時間近い時間があった。その間に三十ページぐらい読める。その小説が面白いものだから、朝子はそう意識しながら読んでいた。その時、電話が外部からかかってきた。朝子は本から眼を離した。「社会部へ」とその声は云った。声には聞き覚えがあったから、すぐつないで、「もしもし、中村さんからです」と、出てきた眠そうな声のデスクの石川に伝えた。それから眼をふたたび小説の世界に戻した。その間に、電話は切れた。
あらすじ感想 高橋朝子(タカハシトモコ)は、ある新聞社の電話交換手。
職業柄、彼女は、声で電話の主を聞き分けることが得意だった。同僚の中でもとりわけ優れていた。

新聞社に外部から電話が掛かってきた。
>「社会部へ。」 その声だけで、社会部のデスクの石川に「中村さんからです」と繋いだ。
電話が切れた後、
>「赤星牧雄さんの家にかけてくれ、東大の赤星牧雄さん。」
その声だけで、社会部次長の石川汎(イシカワヒロシ)とわかった。

電話交換手としての才能は時として迷惑がられることもあった。
外部から女の声で電話が掛かると、Aさんの恋人だとか、酒場の女だとか、一目瞭然ならぬ一耳瞭然なのだ。
高橋朝子は、社会部の石川の依頼を受けて、電話帳で赤星牧雄を調べて電話を掛けた。時間は零時二十三分。
>あとで、朝子は警察の人に聞かれた時、電話をかけてから、先方が出るまで 十五秒ぐらいだったと答えた。
事件は始まっていた。

少し間を置いて、返事があった。「はい。どなた?」
>「もしもし。赤星牧雄さんのお宅ですか?」
>「違うよ。」
>「もしもし、東大の赤星牧雄さん。先生のお宅ではございませんか?」
>「違うったら。」
>「こちらは火葬場だよ。」
「火葬場だよ。」が嘘だと言うことは朝子にはすぐ分かった。
どうやら、朝子は電話番号を間違えたらしい。
>「失礼ね。火葬場なものですか。つまらぬことは言わないでください。」
>「悪かったな。だが、真夜中にあんまり間違った電話をかけるなよ。それに...」
唐突に電話は切れた。電話の相手が切ったと言うより、横から、誰かが切ったという感じだった。
ただ、このこのやりとりは、先方の方が正しい。謝るべきは、朝子の方だ。朝子は特別気の強い女なのか...
電話帳を確認すると一つ下と間違えたのだった。滅多にないことである。
石川から催促がある。
>「まだです。夜中だから寝ているんでしょう。なかなか起きないらしいわ」
>「困ったな。ずっと鳴らしてみてくれ。」
>「何よ?こんなに遅く。」
石川を知っていたからそんな口のきき方をした。と、あるが、やはり気の強い女だ。

朝子には小谷茂雄という結婚を約束した男がいた。
小谷は、名もないような三流会社に勤めていて安月給だった。
そんな立場にありながら、高い婚約指輪を買おうとしたり、事実買うのだった。自身の洋服やネクタイなど見栄っ張りで
性格の不均衡な面があり、朝子には不安だった。婚約中と言う弱みか、言いたいことも言えないが、
結婚生活の中で、朝子がそれを直す覚悟でいた。電話での朝子のやりとりからは想像できない、女心か?

赤星真造 世田谷区世田谷町7ノ263
朝子が東大の赤星牧雄と間違えた、電話帳で一段したの人物の名前だ。
朝子は、翌朝、十時に勤務が終わってうちに帰った。
いつものように、家に帰ってから床についたのが一時頃。目が覚めたのは夕方。母が枕元に置いてくれた夕刊に目を通す。

        −−−−世田谷に人妻殺し
                       深夜、留守居の重役宅
   世田谷区世田谷町7ノ263、会社重役、赤星真造が昨夜から親戚の不幸先に通夜に行って、今朝の一時十分ころ
   タクシーで帰宅してみると、一人で留守居の妻の政江さん(二九)が絞殺されていた。...

朝子は記事を読むと、思わず声を上げた。

朝子は、捜査本部となっている世田谷署に出頭した。
犯行時間に間違い電話をしたことを捜査主任へ告げ、電話に出た声の主が犯人ではないかと考えたことを話した。
電話でのやりとりやを話し、電話交換手だから声の聞き分けが出来るかと尋ねられ、「はい」と答えた。
>「あなたの社の人の声は、何人くらい聞きわけられる?」
>「さあ、三百人くらいでしょうか。」
>「そんなに?」
質問者は驚愕した。
>「それなら、その三百人について、いちばんよく似た一の声を考えてごらん?」
うまい思いつきだったが、案外に答えられないものだった。

事件は一月たち、二月を経過し、半年近くなり、捜査本部は解散した。

それから一年して、高橋朝子は会社を辞め小谷茂雄と同棲した。(なぜか、結婚したとは書かれていない)
夫婦になってみて、朝子が茂雄に抱いていた不安が的中することになる。
見栄っ張りの性格で勤めが続かない。不満ばかりを愚痴る茂雄は、会社を辞めた。
半年間は貧乏生活が襲った。
保険会社の勧誘員になったが、それも続かない。
ところが、保険会社の外交員時代の知り合いに誘われて、”労力出資”とか言って商事会社の設立に参加した。

日本橋にあるらしい会社に、景気のいい顔をして出勤するようになった。
ちゃんと給料を持って帰るようになった。二人の生活は平和を取り戻した。
>「朝子、会社の人をうちに呼んで麻雀をするが、いいかい?」
茂雄が言ったときに朝子は喜んだ。
朝子は、茂雄がまともに勤めだし、同僚を家に招待するとは、仕事が順調である証拠として受け取った。
翌晩三人が来た。四十を越した年輩が一人、川井と言った。あと二人は三十二三と見えた。村岡と浜崎と名乗った。
川井は、四十くらいで頭が少し薄くなっていた。頬の骨が出て、眼が細く、唇が薄かった。
村岡は、長い髪を油でかためて後ろへ撫でつけていた。
浜崎は、酒で焼けたような赤い顔をしていた。
朝子の見立ては、会社の経営者との先入観とちがって、ブローカーのような感じだった。
喜んで場所を提供した朝子だったが、麻雀は度々行われた。さすがに朝子も、茂雄に不満を漏らすようになった。
茂雄には、そのうち場所を変えるから辛抱してくれと説得された。
三人の正体もはっきりしない。漠然とした不安を抱えながら眠れない日々を数ヶ月過ごすことになる。

ある日、面子が三人そろったが、一人来ない。浜崎が現れないのだ。
三人麻雀を始めたところに、近所の食料品店おかみさんから呼び出し電話が掛かってきたと告げられた。
>「お宅に電話ですよ、浜崎さんという方からです。」
茂雄に言われて、朝子が電話に出ることになった。
>「もしもし、あ、奥さんですか、ぼく、浜崎。」

>「はあ.....」
朝子は思わず、受話器の手が固くなった。

>「川井さんに言ってください、今日は抜けられない用事ができたから、そちらに伺えません。...」

直接、浜崎の声を聞くのと違って、電話の声は紛れもなく、あの夜の声だった。
あの声!
三年前の、深夜の殺人現場の間違い電話の声だ!
電話の要件を告げに戻った朝子。朝子の姿が見えないので、茂雄が「朝子」「朝子」と呼ぶ。
川井が不審そうに、茂雄に尋ねた。「君の奥さんの名はとも子さんというのかい?」
続けて聞いた。「どんな字?」 「朝晩の朝です。」
そこへ朝子が姿を現した。
朝子の顔色は変わっていたであろう。川井はそれを読み取った。
そのぎこちなさを茂雄も感じたかも知れない。「どうしたのだ?」朝子は、「どうもしませんわ」と答えた。
このことは、夫にも話せない。夫は向こう側の人間だ。

朝子の思いは、茂雄の何気ない言葉で決定的になる。
>川井さんがね、おまえが朝子(ともこ)という名前なのに興味をもってね。前に××新聞社」の
>交換手をしていたことはないかときくんだよ。そうだ、と言ったら、とても面白がっていた。
>あの深夜の殺人者の声を聞いたという新聞記事を覚えていたんだね。
>へえ、あの時の交換手が奥さんだったと感慨深そうだったよ。
>何しろ新聞に出た君の名前まできおくしていたのだからな。

言い過ぎかも知れないが、ここまでが全てだ。

朝子は、茂雄の急病を理由に電話で川井から呼び出される。夫の急病より、浜崎があの夜の電話の声の主であることを
確かめたくなる自分がいることに気づく。

これからは、朝子が探偵となって事件の解決に向かうのだろう....と思ったが、意外な展開を見せる。

女の遺体が発見される。場所は、東京都北多摩郡田無町。東京の西の外れ。武蔵野の名残がある雑木林の中。
女は二十七八歳、痩せ型で、細く鼻筋の通った美しい女であった。ハンドバッグは現場にはなかった。
死体は解剖された。死因は扼殺。暴行を受けた形跡はない。胃に毒物の反応は見られない。肺臓に石炭の粉末が付着していた。
鼻孔の粘膜にも石炭の粉末の付着がある。
身元はすぐに割れた。小谷茂雄の妻、朝子(トモコ)二十八歳。
小谷茂雄は、警察の質問に答えた。
  五六件隣の食料品店のおかみさんから聞いた話で、妻は四時頃掛かってきた電話のあとそそくさと出かけたというのだ。
茂雄も妻の行動は、見当がつかなかった。食料品店のおかみさんの話では、都電の指ケ谷へ行くような話だったらしい。
ハンドバッグは持って出ている。石炭は使っていないし、近くに「石炭屋」のような商売はない。
捜査本部の畠中係長は、食料品店のおかみさんからも直接聞いたが、小谷の話したとおりだった。
指ケ谷の都電の停留所へは、先方の指示で行ったことが確認できた。
さらに小谷家への呼び出し電話は前に一度あったことを食料品店のおかみさんは思い出した。
その電話は、旦那(小谷茂雄)に掛かったもので、。名前は「浜○○」まで思い出した。
再び刑事が、小谷にたずねると、麻雀仲間で「浜○○」は、浜崎芳雄とすぐに分かった。川井・村岡も捜査線上に浮かぶ。

石丸課長が畠中係長に聞いた。「その会社というのはどんな種類の会社だね?」
畠中係長の答えは、「薬品を扱う会社といのですが...」三流製薬会社の卸ブローカーであることも分かる。実態は麻薬の密売。

浜崎や川井・村岡のアリバイも捜査対象になった。
事件当日は、村岡は、五反田の友人の家に泊まった。川井と浜崎は、北多摩郡小平町の鈴木ヤスの家にいた。
鈴木ヤスは、川井貢一(カワイコウイチ)の情婦

手がかりを求めて捜査は都内全域に広がり、殺害現場の特定に手間取る。
石炭の粉末・ハンドバッグがキーワードになり、石丸課長と畠中係長は事件解決に進んでいく。殺人現場は田端の貯炭置き場か?

犯行現場の偽装、アリバイ工作などいろいろあるが、動機がすべてだ。
事件は解決したがどうしても分からないのが動機だった。
それは、川井貢一の自供で全てが明るみに出た。
殺人事件の現場に間違い電話を掛けた高橋朝子。犯人で現場にいた浜崎芳雄が電話に出た。
交換手の朝子は、その声を忘れていなかった。
共犯の川井貢一は、当時の新聞記事を覚えていた。
朝子が浜崎に気づいように、小谷茂雄の話から、川井も朝子がその電話交換手であることに気がつく。
朝子は声の記憶を確かめようとする。それが、川井の呼び出し電話に誘われることになり、殺されることになる。


※※−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−※※
※住所が具体的で多く出る(旧住所)
赤星真造:世田谷区世田谷町7ノ263
小谷茂雄:豊島区日の出町2ノ164
鈴木ヤス:北多摩郡小平町
朝子と川井の待ち合わせ場所(指ヶ谷の停留所付近):文京区谷町280
朝子の死体発見現場:北多摩郡田無町


※※都電の指ヶ谷(サシガヤ)

指ヶ谷町(さしがや)は、かつて文京区に存在した旧町名です。昭和41年の町名変更によって現在は白山の1、2、4、5丁目。




2020年02月20日 記
作品分類 小説(短編) 37P×1000=37000
検索キーワード 電話交換手・新聞社・電話帳・社会部・石炭の粉末・ハンドバッグ・田無・小平・田端・ブローカー・麻雀 
電話交換手は300人程度の声を聞き分けることが出来る。朝子は中でも優れていた。
殺人現場に掛けた間違い電話に犯人が出た。夫の同僚として彼女の前に現れた男は、直接聴いても分からなかったが、受話器を通して
聴いた声は、まさに聞き覚えのあるあの声だった。
犯人たちも朝子が気づいたように、あの事件で新聞記事になった、電話交換手の朝子であることを知る。
その声を確認しようとする朝子は、犯人の誘いに乗り殺されることになる。 
登場人物
高橋 朝子
(タカハシトモコ)
新聞社の電話交換手。二十八歳。小谷茂雄という結婚を約束した男がいる。が、小谷の見栄っ張りな性格に不安を感じていた。
職業柄300人程度の声を聞き分けることが出来る。
殺人現場に間違い電話を掛け、相手が出る。その「声」は、記憶に残り、「声」の主に出会う。
小谷 茂雄 高橋朝子(トモコ)と結婚を約束している。気が小さいわりに見栄っ張りな性格。
仕事眼が続きしないが、保険会社の外交員時代の仲間と”労力出資”とか言って商事会社の設立に参加した。実際は麻薬の密売組織でそれに加わる。
浜崎・川井・村岡は、その仲間であり、麻雀仲間。
浜崎 芳雄 三十三歳。鈍い眼をした、顔の扁平な、背の低い男。ものの言い方も妙に気だるいような感じで、知能程度はあまり高いとは思えない。
川井貢一と殺人事件を起こす。犯行現場で高橋朝子からの間違い電話に出る。その馬鹿げた行為で朝子に声を覚えられる。
川井と村岡と小谷麻雀仲間であり仕事(麻薬の密売)仲間。
川井 貢一
(カワイコウイチ )
四十くらいで頭が少し薄くなっていた。頬の骨が出て、眼が細く、唇が薄かった。
浜崎芳雄と殺人事件を起こす。浜崎や村岡の先輩格。事件当時の新聞記事の電話交換手が朝子であることに気がつく。
浜崎、村岡と会社を設立するが、実際は麻薬の密売。
村岡 明治
(ムラオカアキジ)
三十二三歳。川井と村岡と小谷麻雀仲間であり仕事仲間(麻薬の密売)。
高橋朝子の殺人事件には関わっていないようだ。事件当日は、五反田の友人の家に泊まった。明治は、アキジと読むのか?
食料品店のおかみさん 食料品店のおかみさん。 
食料品店の電話は、小谷家への呼び出し電話として使われている。2回呼び出しに行っている。
石川 汎
(イシカワヒロシ) 
イシカワヒロシ。高橋朝子が勤める新聞社の社会部のデスク(社会部次長)。
高橋朝子は、誰にも相談できない浜崎のことを話そうとするが、九州の支社へ転勤していた。 
石丸課長 捜査本部の刑事課長。
畠中係長 捜査本部の係長。事件を解決に導く。川井の企みを見破り、石丸課長から「恐ろしい男だな。」と言われる。
鈴木 ヤス 川井貢一の情婦。高橋朝子殺しに加担する。小平に住んでいる。
赤星 牧雄  東大の教授? 
赤星 真造 留守中に妻が殺される。会社重役。住まいは、世田谷区世田谷町7ノ263