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松本清張_眼の壁

NO_100

題名 眼の壁
読み メノカベ
原題/改題/副題/備考  
本の題名 松本清張全集 2 眼の壁・絢爛たる流離【蔵書No0021】 映画
出版社 (株)文藝春秋
本のサイズ A5(普通)
初版&購入版.年月日 1971/06/20●初版
価格 800
発表雑誌/発表場所 「週刊読売」
作品発表 年月日 1957年(昭和32年)4月14日号〜12月29日号
コードNo 19570414-19571229
書き出し 六時を過ぎても、課長は席にもどってこなかった。専務の部屋に一時間前に行ったきりである。専務は営業部長をかねていたが、部屋はこの会計課とは別室になっていた。窓から射す光線は弱くなり、空には黄昏の蒼さが妙に澄んでいる。室内の照明は夜のものになろうとしていた。十人ばかりの課員は机の上に帳簿をひろげているが、それはたんに眺めているにすぎない。五時の定時をすぎて、ほかの課は二三人の影があるだけだった。この会計課のみが島のように取り残されて灯がついているのだが、どの顔も怠惰しかない。次長の萩崎竜雄は、これは課長の用事はもっと長くかかるな、と思った。それで課員たちの方へ、「課長は遅くなるようだから、もうしまいにしようか」と言った。待っていたように、皆は生気をとりもどして片づけはじめた。
あらすじ感想 大手住宅メーカー「積水ハウス」が、所有者を装った「地面師」に約60億をだまし取られたとされる
事件が思い出される。(2017年8月:積水ハウス(株)の発表文書:pdf)
東京・五反田の一等地約600坪に発生した地面師事件である。
所有者の元おかみ(当時72)になりすまし、偽造した委任状などを東京法務局に提出し、
所有者を容疑者側が管理する不動産会社に変更するための仮登記をしたというもの。
仮登記後に偽造の委任状などを使って本登記をしようとした疑いで8人を逮捕した。
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少し事前知識がいる。
素人には「手形」が、なかなか理解できない。
https://shikin-bank.com/shikinchotatsu/tegata_toha/ を参考に...

※手形パクリ屋
概要

通常の商取引を装い、最初は少額取引で相手を信用させ、徐々に売買商品の取引金額を高額にし、突然、支払いを停止し、行方をくらます。
あるいは、不渡り手形を発行する。
盗まれた手形を盗品と分かっていながら割引に出したり商取引に利用し商品を詐取する人。
ヤミ金などが、強引に取引先に高額の手形を振り出させ、その手形を商取引に利用し、商品を詐取する人。
ヤミ金が、返済の滞った取引先のクレジットカードなどで、買物をし、商品を詐取する人。
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主題は、手形のパクリ事件を原因に起こった、自殺・殺人事件の解決までを描いた長編推理小説。
この作品は『点と線』(「旅」:1957年(昭和32年)2月号〜1958年(昭和33年)1月号)と同時期に書かれている。
『眼の壁』は、(「週刊読売」:957年(昭和32年)4月14日号〜12月29日号)

発端は、単純な手形のパクリ事件だった。冒頭に地面師による詐欺事件を思い出したと書いたが
この手形のパクリ事件も、登場人物(実行犯)は、三人で見事に役割を演じきっている。
被害者は昭和電業製作所の会計課長関野徳一郎。
松本清張全集2の解説で尾崎秀夫氏は、昭和電業製作所を、工場を含めて五〇〇〇人規模の一流会社だが、
内情は火の車だった。と、書かれている。  
小説の中では会社の規模は特に触れられていない。読後感では、もう少し小さい規模のように感じた。

6000万円のつなぎ資金に困り、その手当てに奔走している会計課長の関野は、専務と相談しながら金策に目途をつけた。
次長の萩崎竜雄も課長の苦労を感じていた。課員が帰る中、専務室から出る課長の関野を待っていた。
東京駅で待ち合わせがあるという関野と東京駅まで同行した。萩野は中央線沿線(阿佐ヶ谷)に住んでいた。
はじめの舞台は、東京駅の待合室。一二等の待合室だ。
同行した萩野は、関野が待ち合わせの人物と会うのを見届けて待合室を出た。
外に出る萩野は、待合室をのぞき見る女を目撃する。「変だな」というのが萩野の感想だった。

翌日。11時20分電話で、T会館(東京會舘か?)で待ち合わせを約束する関野は、萩野に現金を受取る用意をさせる。
現金の受取場所はR相互銀行の本店、T会館から車で五分くらい。
関野がT会館の地下のグリルで会ったのは、昨日東京駅の待合室で会った堀口次郎という男だった。
長顔で、眼が細く、筋の通った鼻をしているが、厚い唇ゆるんで表情がなかった。
「大山さんに引きひきけさせるのに苦労しましたからな...」大山とは、R相互銀行の常務。
6000万円の不足のうち半分は手配できた。20日間のつなぎ資金の工面を堀口に頼んだのである。
堀口に電話が入る。大山からの電話らしい。堀口は、微笑を浮かべながら電話から戻ってきた。
二人を乗せた車は、R相互銀行の日本橋本店の前についた。
>「堀口さんですね?常務がお待ちしています」いかにも銀行員らしい男が迎えに出ていた。
>「ご案内します」行員らしい男は、二人を応接室に案内した。
>「すぐに常務を呼んでまいります

赭ら顔の大きな男・白髪が銀色に光っていた。
「先日は失敬」、堀口が「失礼しました」と答える。そして、「大山さんです」と、その男を関野に紹介する。
関野は名刺を差し出すが、大山と名乗る男は名刺は出さなかった。
>「係に申しつけてきます。堀口君、あとで来て下さい」と言って、大山を名乗る男はドアから出て行った。
>「大したものですな。貫禄がありますよ」堀口が言った。名刺を出さなかったのも含みがあることですよ...裏取引の意?
>「
手形をいただきましょうか。大山さんのところへ持って行きます
関野は萩崎へ電話で現金を受取に来るよう指示をする。
応接室で一人待つ関野は、少し不安であった。札束を見るまでは。
たっぷり十分。
そして、三十分。関野は応接室を飛び出した。カウンターの行員に大山常務に会わせて下さい...
>「
大山常務はi五日前から北海道へ出張中です。あと一週間しないと帰りません
関野徳一郎は急に眼の前がくらみ、あたりの光景がくろずんできた。奇妙な声を上げて倒れ込んだ。

招集された重役会。と言っても社長・専務常務だけ、それに顧問弁護士の瀬沼と直接の当事者や関野課長。

※ここまでで、疑問が少々。次長と課長ではどちらが上か?例えば、会計課の課長と次長なら、課長が上。
経理部で、経理課と会計課があれば、部長・次長続いて、経理課と会計課の課長、その下に課の次長てな具合か?
解説には5000人規模と書かれているが、これは誤りだと確信した。
手形のパクリ詐欺に遭った善後策の協議に参加している幹部は、社長・専務・常務の3人。
せいぜい2〜300人規模の会社だろう。


顧問弁護士の瀬沼は、外国でもよくある「ビル・イーター」だと言った。
「それはですな、パクリ屋のやった仕事ですよ。...」小柄な男(瀬沼弁護士)が早口で説明した。
弁護士に聞いても手形を取り返すとか、押さえることは出来ないと言う。
新聞に公告を出すことも、「無駄ですね」の一言で片付けられた。
焦って、額に脂汗をかきながら聞く専務も、他の会議参加者も呆然と困惑の表情を浮かべるだけだった。

社長は関野課長に事の経緯を詳細に聞き始めた。
舞台装置と役者がそろって仕組んだパクリ屋の手口は巧妙だった。
R相互銀行の応接室は、岩尾輝輔(長野県選出の国会議員)の名刺を持ってきた男に頼まれて貸したと、R相互銀行の
営業部長が答えた。その男こそ、大山常務を名乗った男だった。その男はR相互銀行で岩尾代議士に会う約束で、代議士が
遅れているので応接室を使わせて欲しいと頼むのだった。R相互銀行は岩尾代議士と頭取が知り合いで、頼みを快諾した。
ちなみに、大山常務は五十二三の痩せた人で、頭髪は黒く額が禿げ上がっているという。
大山常務を名乗った男は、「赭ら顔の大きな男・白髪が銀色に光っていた。」.
営業部長は、大山常務を名乗った男と歓談しているときに二十五六の若い男が「...ただいまお見えになりました」と告げた。
若い男こそ、R相互銀行の前で堀口と関野課長を迎えた、銀行員らしい男だった。
役者は、三人。大山常務を名乗った肥えた大男・堀口(この名前も当てにならない)・若い男(二十五六の行員風)。
だが、作演出の黒幕がいた。
関野課長は、堀口次郎を金融業(高利貸)山杉喜太カ事務所から紹介された。
それは、杉山社長秘書を名乗る上崎絵津子の仲介でもあった。堀口は金融ブローカーらしい。

社長の追求に専務は低い背を二つに折り、丁重に頭を下げた。関野課長は謝罪をするだけの余裕がなかった。
傍観者のごとくぼんやりしていた。司直に訴える事もままならず、信用を擁護した社長の決断で内密に処理することになった。
だが、
>「関野君」
社長は怒りをこめてどなった。
>「君はこれだけの損害を、会社にかけたのだ。責任をとれ!」

関野課長は、社長と専務宛て、そして萩崎竜雄に特別長い遺書を残して自殺した。
萩崎宛ての遺書には事件の詳細が書かれていた。

とりあえず一ヶ月の休暇届を出した萩崎竜雄は、関野の自殺に不条理を感じ、義憤に駆られてパクリ屋を追う。
萩崎が、はじめに行ったのは、山杉商事株式会社。借り入れを名目に山杉喜太カに会おうとした。
社長不在で会えたのは上崎絵津子。300万円の融資依頼に、社長不在を理由に、事務的に明晩にしてくれと言った。

●竜雄の眼が、はっとなった。
上崎絵津子が高級車で出かけるのを喫茶店の窓から目撃した。
とっさに車で追う。
車は荻窪の邸町(やしきまち)の方へ。もと近衛公別荘の萩外荘付近に停まった。上崎絵津子は舟坂英明邸に入っていった。
舟坂英明は何者か...
萩野は、新聞社に勤める友人の田村満吉に会いに行った。舟坂英明の正体が分かった。新興右翼の親分らしい。
田村満吉の同僚の内野を紹介され、舟坂の正体を詳しく聞くことが出来た。
恐喝や詐欺もやりかねない人物であることが分かった。
さらに、西銀座の「レッドムーン」というバーのマダムが舟坂の愛人らしいという情報を得る。
萩野竜雄は、関野課長を自殺に追い込んだパクリ屋一味と、上崎絵津子に対する興味から、異常な熱心さで事件解明に
突き進む。
作演出の黒幕は、舟坂英明。

「レッドムーン」に乗り込む萩崎。
「レッドムーン」で役者が出そろう。ベレー帽の男(田丸利一)、上崎絵津子、バーテン(山本一男)、先生(岩尾輝輔)
先生と呼ばれた男と上崎絵津子がタクシーで帰る。追おうとする萩崎だが後をつけるには至らなかった。
店を出て他の店に入った萩野。が、その店に「レッドムーン」に来ていたギター弾きが二人入ってきた。
訝る萩野は店を出ようとする。邪魔をするギター弾き。「表に出ろ」
表には別な男が三人。袋だたきにされる萩野。「おい、ヘンな真似をするなよ」と、捨て台詞。
萩崎は襲われた理由が分からない。
先生と呼ばれた男が、岩尾輝輔と言う代議士であることが分かり、田村満吉と直接会う。
パクリ屋がR相互銀行の応接室を使うため利用した、岩尾の名刺の件をただす。
しらを切る岩尾だが、「おい、ありゃ関係ありそうだね」が田村満吉の感想だった。

昭和電業製作所の専務は大阪支店に左遷された。その見送りのために東京駅のホームに萩野竜雄はいた。
その場にいたのか、顧問弁護士の瀬沼俊三郎に会う。
一般的な挨拶の後
>「体は大切ですからね。あなたはお若いのだから、危険なことにはなるべく近づかないことですな」
それは、好意か、敵意か、萩原は計りかねた。「ははは、じゃあ」の笑い声を残し足早に去って行った。
入場券を改札口に渡し駅から出ようとする萩崎は、一二等の待合室に入る瀬沼弁護士を見つける。
そこで瀬沼弁護士が会っていた男は、「レッドムーン」に出入りしていたベレー帽の男だった。
萩崎の取っている行動は、あの時のあの女、上崎絵津子と同じだった。
弁護士との話が終わったベレー帽の男は、萩崎に気づいたのか、萩崎を追った。萩崎に声をかけ
>「あなたにもおもしろいことがあるだがなあ。思いきっていっしょに来ませんか?」
意味ありげに府中の競馬場へ萩崎を誘った。萩崎は誘いを断った。だが、後で後悔することになる。

喫茶店で考え事をする萩崎
●ここまで考えてきて、彼は不意に気づいた。

府中の競馬場で、ベレー帽の男はバーテンの山本一男を見つける。
競馬ですったバーテンの山本を誘って歌舞伎町で飲む二人。競馬の話では、なぜかかみ合わない。
そしれもそのはず、ベレー帽の男はにわか競馬ファンだった。帰りたがる山本に執拗に迫るベレー帽の男(田丸利一)
青線に入り込む山本を追って、田丸利一も入る。女と二階に上がった山本を待つが、一向に降りてこない。
逃げられた。と思ったが、引き返し押し入れの襖を開ける。ベレー帽の男(田丸利一)は背後から襲われ、拳銃を撃ち込まれる。
田丸利一は、弁護士事務所員。瀬沼弁護士事務所の所員だった。
報道で事件を知った田村満吉は、萩崎を訪ね事の成り行きを知らせる。
田沼弁護士は、独自にパクり犯を追っていた。元刑事の田丸利一は、その手足になっていたのだ。

話を追うときりがない、これからは少しはしょる。
瀬沼弁護士は、事件の核心に迫りつつあった。当然黒幕と思える右翼の舟坂英明に近づいていた。

●すると、ふと、彼はあることに気づいた。

いろいろ考えた末、萩崎竜雄は、田丸利一の言った「あなたにとって、おもしろいことがあるんだがな」の意味を知ることになる。

瀬沼弁護士が拉致される。
萩崎は、辞表を懐に社に赴く。新任の会計課長に手渡すが、社長も了解しての休暇で、辞表は預かる。
どうやら関野課長の自殺が気になっているらしい。叱責を後悔しているのだ。

萩崎は、久しぶりの「レッドムーン」。思った通り、バーテン(山本一男)は辞めていた。田沼利一が殺され日で辞めていた。
山本一男こそ堀口次郎。事件の全容は見えてきた。
辞表は、手紙とともに返されてきた。四ヶ月の休暇が認められた。やはり社長は、関野課長の叱責を後悔していた。

要所要所に現れる上崎絵津子。彼女のことだけは田村に話していない。
拉致された瀬沼弁護士は、移動に小細工をして、木曽の山中に運ばれる。

田村満吉と萩崎竜雄は舟坂英明に会いに行く。舟坂英明は伊勢参宮だと、山崎を名乗る事務長が言った。
二人の探索は名古屋から中央線沿線の木曽に向かう。

多治見の町は陶器の町、『眼の壁』の有名な逸話がある。
十分な取材に裏打ちされた作品を書き上げる清張だが臨場感を出すため書き加えた文章に落とし穴があった。

読者から指摘があったようだ。
●(週刊読売:連載時(第22回)
>家なみが切れると、川がっあた。橋の上からのぞいても、底の石が透いて見えた見えるほどきれいな水であた。子供が四五人泳いでいた。
●単行本(全集)
>家なみが切れると、川がっあた。橋の上からのぞくと、水は真白く濁っていた。陶土のためだ。


−−−先を急ぐため、目次を拾う−−−
捜査の前進(全集のページ147)
中央アルプスの死者(全集のページ165)
湖岸の首つり男(全集のページ183)
死の沸騰(全集のページ221))


舟坂英明は、
偶然の出来事から田丸利一を殺した山本一男こと、堀口次郎。そして拉致した瀬沼弁護士を持て余す。
瀬沼弁護士は、拉致された後、木曽の山中に放置され、半ば餓死状態で見つかる。
堀口次郎は、白骨化した首つり死体で発見される。首つりは偽装で、クローム硫酸の池に沈められたのだ。
これにも小細工があった。
舟坂英明は発狂した?
「玩具・薬品・ほうき・皿・空瓶・子供の帽子」無秩序に買いあさる舟坂、ただクローム硫酸だけが共通していた。

最後の舞台は「清華園」と言う精神病院。
病院の医院長は岩尾輝次。岩尾輝輔の弟。実質舟坂と連んでいたのは弟の輝次だった。

複雑な人間関係を一応書き出してみる。
★作演出の黒幕
舟坂英明(本名:梅村音次・新興右翼・朝鮮人を標榜するが長野県南佐久郡春野村字横尾生まれ。/パクリ事件の黒幕)
萩崎や田村には事務長の山崎と名乗る。田村には影武者を使って瞞す。
★パクリ屋の役者は三人
@山本一男(レッドムーンのバーテン)=堀口次郎(パクリ屋):黒池健吉(本名/舟坂英明の従弟)
AR相互銀行の大山常務を演じた男。
B銀行員を演じた男。

山杉喜太カ(山杉商事の社長・高利貸し/昭和電業の関野に堀口を紹介する)
上崎絵津子(山杉商事の社長秘書/実は黒池謙吉の妹。黒池幸子)
岩尾輝輔(長野県出身の陣笠代議士/レッドムーンにも出入り、堀口に名刺を利用される)
岩尾輝次(岩尾輝輔の弟/精神病院「清華園」の医院長/舟坂と連んでいる)
加藤大六郎 (舟坂の出生を知る人物)
梅井淳子(バーレッドムーンのママ/舟坂英明の愛人)

舟坂英明は、貧農の出身(長野県南佐久郡春野村字横尾)で十五六で村を出て右翼のボスに成り上がる。
従弟の黒池健吉など、右翼の構成員使いパクリ屋として活動資金を集める。
上記に書き出した人物以外にも、脇役は多数で、多彩だ。

修羅場の活劇が待っていた。場所は、精神病院の「清華園」
舟坂英明を追い詰めた萩崎竜雄、田村満吉は、「清華園」に行く。加藤大六郎も同行している。
舟坂英明に会わせろ!「入院患者ですか?」病院の男の事務員はとぼける。
「では、院長先生に会わせていただきたいのです」と、竜雄
「あなたは?」田村が名刺を差し出す。「新聞社のものです。...」名刺を持って奥に下がる事務員。
奥から、恰幅のいい五十男が白い上着を引っかけて出てくる。
「私が医院長だが」男の顔を見たとき、岩尾輝輔を直感する。なるほど兄弟だ。
舟坂英明に会わせる!「そんな人は来ていません」
いる、いないの押し問題が続く
そこに、
>イガ栗頭の男で、頬骨の高い顔が怒りで真赤になった。眉間の深い皺がふるえ、大きな眼が燃えている。
>詰襟服が威圧的に仁王立ちになっている。
>「あっ、あんたは山崎事務長!」田村が叫ぶと同時だった。
>「おう、おめいは、音じゃねえか。音だ、音だ、なつかしいな」加藤老人が叫ぶ。
>「なに、この人が音だと?」竜雄はびっくりした。
山崎事務長は、舟坂英明。舟坂英明の本名は梅村音次。
正体を現した舟坂英明の眼は二人ではなく加藤大六郎へ注がれていた。
>「音、わりゃ立派になったな。二十何年ぶりだ」
>「うむ、加藤のおっちゃんけえ」
老人は、竜雄に連れられてきたと、萩崎竜雄を指さした。
今度は舟坂の眼が竜雄に注がれた。
「きさまは誰だ!」
「あんたに三千万円詐取された昭和電業の社員だ」 舟坂は穴があくほど竜雄の顔を凝視した。
「よくやった」舟坂の言葉はこれがやっとだった 「よくやった。よくここまで調べたな」 
竜雄は叫んだ
「舟坂さん。自首してくれ!」
「ばかな。三千万円の手形をもらったためか」舟坂はあざ笑った。
竜雄の追求はとどめを刺した。
「それだけじゃない。部下に指図して瀬沼弁護士と黒池健吉を殺させている。黒池健吉はあんたの従弟のはずだ」
「きさま!」舟坂は恐ろしい顔に変わった。
「それだけじゃない。あんたは、もう一人の女を殺そうとしている。その女もここにいる。無事なうちに出してくれ」
「女?」
「とぼけるな。健吉の妹だ。上崎絵津子と名のっている女だ」
「それまで調べていたか!」

後の「火曜サスペンス」断崖の場(「ゼロの焦点」)さながらである。
加藤のおっちゃんと舟坂対面の場は「砂の器」を連想させる。「加藤のおっちゃん」は、映画「砂の器」の和賀英良の父役だった
俳優の「加藤嘉」さんを連想させる。小説や映画では二人は対面しないが、舟坂英明は和賀英良。
なんだかごちゃごちゃになってきた。
年代順は、「眼の壁」(1957年)・「ゼロの焦点」(1958年)・「砂の器」(1960年)



■解決へ■
「警官隊だ!」院長が叫んだ。
上崎絵津子こと、黒池幸子は舟坂英明に不信を抱き、兄の殺害をも知るに至ったのだろう、警察にすべてを
通報していたのだった。
舟坂英明は、病院の地下にある「濃クローム硫酸の風呂に飛び込んだ。舟坂は溶けていった。死の沸騰だ!

萩野竜雄の上崎絵津子に対する慕情は、最後までほのかにしかし確実に続いていった。
萩崎の夢想は実現するのか?昭和電業製作所に復帰することになりハーピーエンドを思わせる終わり方だが
昭和電業製作所はなぜ倒産しなかったのかリアルに考えてしまった。
手形を不当たりに出来ないし、三千万円は足りないし...

最後に、【幻の女と行く夜の花八ツ手】
清張の一句かと思いきや、作者は、横山白虹らしい。
「眼の壁」とは、金子みすゞの詩が頭の片隅をよぎった。
「みえぬけれどもあるんだよ」
「みえぬものでもあるんだよ」


※赤線と青線
赤線:所轄の警察署では、特殊飲食店として売春行為を許容、黙認する区域を地図に赤い線で囲み、
    これら特殊飲食店街(特飲街)を俗に「赤線(あかせん)」と呼んだ。
青線:赤線に対して特殊飲食店の営業許可なしに、一般の飲食店の営業許可のままで、非合法に売春行為をさせていた区域を
    地図に青い線で囲み、俗に「青線」と呼んだ。


※※−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−※※




2019年12月21日 記
作品分類 小説(長編) 233P×1000=233000
検索キーワード 昭和電業・手形詐欺・湯河原・パクリ屋・新興右翼・新聞記者・死亡時期・精神病院・薬品・ベレー帽の男・競馬
誰が敵で誰が味方か。手形のパクリ事件を追う萩崎竜雄と友人の新聞記者。
パクリ事件の被害に遭った会社の顧問弁護士とその片腕の元警察の所員は殺される。
追い詰められたパクリ屋の黒幕は新興右翼のボス。最後はクローム硫酸の風呂に身を投げる。死の沸騰

登場人物
萩野 竜雄 昭和電業製作所会計課次長。関野課長がパクり事件の責任を取って自殺した不条理を許せなかった。
休暇を取って、友人の新聞記者田村満吉の力を借りながら事件に迫る。なぜか上崎絵津子が気になる。
田村 満吉 有楽町に本社のある新聞社の記者。萩崎と共に事件に迫る。スクープを欲しがる行動力は抜群
関野 徳一郎 昭和電業製作所会計課長。パクリ事件の被害者。社長に叱責され自殺する。萩崎竜雄に詳細な遺書を残す。
瀬沼 俊三郎 昭和電業製作所の顧問弁護士。独自にパクり事件の真相を追究するも、拉致され殺される。
竜雄に危険な行動を取るなと忠告するも自らが犠牲になる。
田丸 利一 瀬沼弁護士事務所の所員。元警察官。瀬沼弁護士の指示で事件をの捜査に当たる。が、殺される。
舟坂 英明 新興右翼のボス。時に事務長の山崎と名乗り萩崎、田村に会う。パクリ事件の黒幕、四六七歳。本名梅村音次。映画ではエイメイ
上崎 絵津子
(黒池幸子)
上崎絵津子を名乗るが、本名は、黒池幸子。黒池健吉(山本一男)の妹。山杉商事の社長秘書。
事件をどこまで知っているか不明だが、連絡役として見え隠れする。
兄(黒池健吉)が舟坂に殺された事を知るに至り警察にすべてを話す。
山本 一男
(堀口次郎)
(黒池健吉) 
舟坂英明の従弟で手下。金融ブローカーとしてパクり事件の主役(堀口次郎)。
レッドムーンのバーテンで競馬好き(山本一男)
上崎絵津子(本名:黒池幸子)の兄(本名:黒池健吉)田丸利一を拳銃で殺害。
岩尾 輝輔  長野県出身の陣笠代議士。パクリ屋が、R相互銀行の応接室を利用すため名刺を利用される。
岩尾輝次は弟。レッドムーンにも出入りする。 
岩尾 輝次  岩尾輝輔の弟。精神病院「清華園」の医院長。舟坂英明をかくまう。 
梅井 淳子  バーレッドムーンのマダム。舟坂英明の愛人。 
山杉 喜太カ  金融業、山杉商事の社長。上崎絵津子は秘書。 山杉商事は高利貸しで過去には昭和電業製作所も融資を受けている。
社長  昭和電業製作所の社長。会計課長関野を叱責して、責任を取れという。関野が自殺したので自責の念がある。
萩崎竜雄に休暇の便宜を図ってやる。最後に萩野竜雄を会社に復帰させる。 
専務  昭和電業製作所の専務。会計課長関野と相談しながら金策に奔走する。結果、関野課長がパクリ屋の直接の被害に遭う。
社長に頭を下げ責任を逃れようとするが、大阪支店に左遷される。萩崎竜には好意的であった。
加藤大六郎  加藤老人。梅村音次を知る人物で、黒池健吉や幸子のことも知っている。
二〇何年ぶりに舟坂英明こと、「音」(音次)に会う。

眼の壁