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松本清張_凶器 黒い画集(第七話)

〔(株)文藝春秋=全集4(1971/08/20):【黒い画集】第七話〕

No_0081

題名 黒い画集 第七話 凶器
読み クロイガシュウ ダイ07ワ キョウキ
原題/改題/副題/備考 ● シリーズ名=黒い画集
●全9話
1.
遭難
2.
証言
3.
坂道の家
4.
失踪
5.

6.
寒流
7.凶器
8.濁った陽
9.
●全集(9話)
1.
遭難
2.
坂道の家
3.

4.
天城越え
5.
証言
6.
寒流
7.凶器
8.濁った陽
9.

『黒い画集』を終わって
本の題名 松本清張全集 4 黒い画集【蔵書No0055】
出版社 (株)文藝春秋
本のサイズ A5(普通)
初版&購入版.年月日 1971/08/20●初版
価格 880
発表雑誌/発表場所 「週刊朝日」
作品発表 年月日 1959年(昭和34年)12月6日号~12月27日号
コードNo 19591206-19591227
書き出し 田圃には、霜が雪のように降りていた。平野の果ては、朝霧で白くぼやけている。昼間の晴れた時でも、青い色が淡いくらい山は遠かった。××平野と九州の地図に名前のある広い沃野であった。冬の午前七時といえば、陽がまだ霧の上に出ない蒼白い朝である。切株だけの田の面の水に薄い氷が張っていた。畦道ではないが、それを少し広げたくらいの小径を、近くの農家の夫婦者が白い息を吐きながら歩いていた。径の上に落ちた縄ぎれにも、小石にも、霜がつもっている。「あんた」女房が、何かを見つけたような声になって、急に先を歩いていく亭主に言った。「あい(あれ)は、何じゃろな?」亭主は、女房の注意にもかかわらず足を進めていた。女房だけが立ち止まったので、間隔が開いた。「あんた、見んしゃい、あいば?」女房は、少し大きな声を出した。「どいや(どれか)?」亭主は、面倒くさそうに女房を振り返った。その女房は、手をあげて指を突き出していた。
あらすじ感想   清張は、『「黒い画集」を終わって』で、軽いものを狙ったと書いている。
R・ダールの味を日本的にしたもので、独創という点では一番希薄である。(黒い画集のなかで)
しかし、このような味のものは、ひとりダールだけではなく、クリスティの「砂袋」や、題名は忘れたが、凶器に用いた貝殻を
庭園の装飾にした作例がある。...
としながら、続けて種明かしをしている。


農家の夫婦が見つけたのは、変死体だった。
その死体は、夫婦も知っている人物だった。猪野六右衛門、61歳の老人。(昭和34年の作品)
夫婦は警察に届ける。死後十一二時間。鈍器のような物で頭部を強打。被害者の自転車が、死体の現場から六十メートル
離れた小川に突っ込んでいるのが見つかった。

>この村には、ここ十年間、人殺しがなかった。
この表現は少し気になった。退屈で平和な村に、ここ十年間といわず数十年にわたって殺人事件など考えられないのでは...
むしろ、初めての殺人事件とでもした方が納得がいく。

六右衛門は呼倉と言う隣町で雑貨商をしていた。三日に一度くらいこの村にやってきた。この村とは黒岩村。
黒岩村は、全国にいくつか実在する。が、小説の舞台とは違うようだ。(現在は町や市へ統廃合?)
目的は、雑貨商だが叺(カマス)や蓑を仕入れて売りさばくのである。

猪野六右衛門の評判は芳しくない。
彼は六十一歳にもなるが、頭こそ禿げていて一毛もないけれど、体格は頑丈で、顔色などもあかくて、てかてか
光くらいにつやがある。
商売では、買値を約束していながら、支払う段になると値切ることが多かった。

死体には支払いの残金とみられる金額が残っていたので怨恨関係の犯罪と言うことで捜査員は一致した。
>「凶器の推定は、攻撃面比較的平らなる鈍体が作用したものと認める」
監察医の鑑定では、早い話、丸太ん棒のようなものが凶器らしい。当然、凶器には血が付着しているだろう。

殺されたのは午後の九時から十時頃。当日の午後四時頃、六右衛門は村の入り口付近で農婦と話をしている。
>「そら、来んことはでけんばな、お島しゃんのまっとらすけんね」
(はじめから、方言が多用されている。)
農婦の冷やかしに六右衛門は顔をしかめた。
猪野六右衛門はこの村の斉藤島子という二十九歳の未亡人に熱を上げていた。
五つになる男の子のいる島子は、黒岩村の出身ではないが、子連れでこの村に移った。
田畑のない島子は叺つくりで生計を立てていた。猪野六右衛門の世話になりつつの生計であった。
六右衛門と島子の間は、誰もが想像することで、村では噂されていた。
六右衛門は何度も島子を口説いた。弱みのある島子は邪険には出来ないがその意に従う気は無かった。

六右衛門は最初に会った農婦から、三軒農家を回って島子の家に行った。
実際三件目の主婦は、
六右衛門から「お島しゃんに、ちかと払いがあるけん寄ってみんばでけん」
と聞いていた。
八時過ぎに島子の家で支払いを済まし九時頃には自転車で帰っていった。島子の話である。
島子の家と殺された現場は五百メートルと離れていなかった。

県警からの応援できた、多島田刑事(四十二三歳)と、後輩の久間刑事(二十五六歳)が島子の家に聞き込みに出向く。
島子と六右衛門の関係は予想通りで、
「そんなら、あんたは、だいぶ、六右衛門さんに困っていたとね」と聞く刑事に
島子は、返事をせずに顔を赤らめてうつむいた。

島子に動機があることははっきりした。が、凶行に及ぶだけの動機になるのか、また、女の力で殺害が可能なのか
さらに、自転車の倒れている場所から、島子の家の方向に行ったところで六右衛門は死んでいた。


捜査本部の会議で、推理小説好きの若い刑事が思いつきを述べた。
推理小説の筋からの話だが
>海中に馬と一緒に崖から転落した人間の死体が発見された。馬もろとも海中に墜落して、自殺を図ったと判断された。
>しかし、人間と馬は別々に落ちた。人間は先に突き落とされ、馬は後から落とされた殺人事件だった。

今回の事件の、殺された六右衛門と自転車の関係も同じではないか...

この考えは、捜査主任の心を動かした。死体の発見現場と自転車の位置も合理的な説明がなされた。
若い捜査員(刑事)の思いつきは捜査員の賛同を得ることになった。
捜査本部は、第一容疑者として、島子を逮捕することに決めた。
状況証拠ばかりである。いささか逮捕は早すぎる気がする。
捜査主任が検事に報告すると、検事は
「...いまのままでは、逮捕状はむずかしいな。なお、あたってみれば、凶器が出る見込みがあるかい?」
慎重だった検事は、用心深い処置を選んだ。
凶器発見の再捜査が始まる。

ふたたび、斉藤島子の家に向かう多島田刑事と久間刑事
島子の家では、かまどに大鍋がかかり、近所の子供や大人が十五六人集まり、ぜんざい餅や黄粉餅を食べていた。
寡婦で幼い子持ちの島子は、世話になっている近所の女子供に、ご馳走をふるまっていたのである。
近所の女子供が帰ると、宴のさみしい後が残るだけだった。二人の刑事は島子を署まで同行する。
島子と二人の刑事が村から消える頃、四五人の刑事が島子の家の家宅捜査に入った。
当初から、島子が近所の泰助に貸したという木槌が凶器と考えていた、捜査本部はその木槌を押収した。
しかし、それは島子の無関係を証明する事になってしまった。泰助が強く島子の無関係を証明したのである。
島子と六右衛門の関係は、下心があり、島子に親切にした六右衛門だったが、島子に断られた。
再三にわたる六右衛門の口説きにも島子は断り続けていた。はじめに受けた六右衛門親切にも後悔していた島子であった。

捜査本部は解散した。
三年の歳月が流れた。
多島田刑事は警部補になり他の署へ転勤していた。
それから四年目の正月のことである。(三年プラス四年なのか?)
多島田警部補は、久しぶりにのんびりした正月を迎えた。
ひととおり新正月を祝い、旧正月の風習の残っている彼の家は二月になって二度目の正月を祝った。
>「おい」
>と、彼は妻を呼んだ。
>「かき餅を持ってきてくれないか」
>「あと、まだ切ってありません。すいませんが、あなた、切ってくださいな」
>「どこにあるんだ?」
>「押し入れの中に、餅箱があります」
>妻の返事が返ってきた。

押し入れの餅箱には、海鼠のような格好をした餅が、かちかちに乾いて三つばかり並んでいた。
餅を取り出し、持って行こうとした多島田は、手がすべって落としてしまう。
落ちた餅は、彼の足先をしたたか叩いた。
激痛で顔をしかめる多島田だった。
っ」
彼の脳裏に浮かんだのは、島子の家で食べたぜんざい餅や黄粉餅だった。

あのとき彼らが探していた「丸太ン棒のような」凶器だった。
海鼠餅が凶器だったのか?

>そして、多島田がその凶器をご馳走になった。

清張は「凶器」を軽いものを狙って書いた。と、書いているが、確かに軽い気がする。
感想だが...
凶器としての「餅」は、固いが、「もろい」のではないか? 撲殺の凶器になり得るのか?
短編だからか、島子が六右衛門を殺害するまでの経緯が書かれていない。
六右衛門が島子を襲った(手籠めにしようとした)とか、「餅」を凶器にするくらいだから、計画的ではないようだが...

多島田刑事が島子の家で、「かまどに大鍋がかかり...の場面では、当然かまどには火があったはずである。
薪がくべられていたのではないか...
「凶器」は薪でも良いのではないだろうか...薪の「凶器」は燃やされてしまった。
まさに余談だが
食べてしまった「凶器」に対して、食ってしまった「死体」は、『肉鍋を食う女』も怖い話である。



2017年12月21日 記
作品分類 小説(短編/シリーズ) 22P×1000=22000
検索キーワード 農婦・自転車・未亡人・木槌・餅・大釜・叺・蓑・雑貨商・黒岩村・××平野・五歳の息子
登場人物
斉藤 島子(島子) 二十九歳の未亡人。夫と死別、子持ちで、黒岩村へ住み着く。叺を編み生計を立てる。
猪野 六右衛門  六十一歳。頭は、禿げていて一毛もない、体格は頑丈で、顔色は、あかい。斉藤島子に下心を持ち、何かと世話をする。
多島田刑事 県警からの応援。四十二三歳
久間刑事 県警からの応援。多島田刑事の後輩。二十五六歳
泰助 斉藤島子の近所。木槌を島子から借りる。島子の木槌ので殺害を否定し、島子の潔白を強調する。 

凶器