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松本清張_小説 3億円事件

NO_078

題名 小説 3億円事件「米国保険会社内調査報告書」
読み ショウセツ 3オクエンジケン「ベイコクホケンガイシャナイチョウサホウコクショ」
原題/改題/副題/備考  
本の題名 水の肌【蔵書No0049】
出版社 (株)新潮社
本のサイズ A5(普通)
初版&購入版.年月日 1975/10/10●初版1975/10/15
価格 800
発表雑誌/発表場所 「週刊朝日」
作品発表 年月日 1975年(昭和50年)12月5日号~12月12日号
コードNo 19751205-19751212
書き出し ニューヨーク。---                                スミス火災海上保険株式会社査定部(クレーム・デパートメント)。        H・S・スチムスン部長宛。    東京  G・セーヤーズ発。 1975年12月10日 本日午前0時をもって、1968年(昭和43年)12月10日午前9時20分東京郊外で発生せる294,307,500円の盗難事件の時効は成立した。東京の各紙朝刊は一斉にフロントページに大見出しをつけてこれを報じ、社会面は2ページにわたってその事件の回顧を揚げているが、日本人の大半は、たいそう出来のよいミステリアスなドラマが予定の時間に終了したベルの鳴り渡る音を聞く思いで、衝撃のかわりに感慨に耽っている。セーヤーズ私立探偵事務所長である私が、貴社よりこの世紀的な巨額の強奪事件---日本人の言う「三億円事件」の調査依頼を正式に受けたのは約一年半前であって、貴社はこの事件が当時すでに解決に至らないことを予想されていた。すなわち、日本火災海上保険会社はその加入契約によって日本信託銀行に支払った被害金額約3億円を国内20社の保険会社に再保険をなし、これを日本側はさらに貴社をはじめアメリカの保険会社数社に再保険をなしていたため、アメリカ側は約50ドル(注、3億円は当時の円交換レートで約83万ドルだが、再保険を分担した外国保険会社の負担額はその2/3だった)を損失し、よって貴社がアメリカ各保険会社を代表して事件の独自調査をスチスムスン査定部長の名でセーヤーズ私立探偵事務所に依頼されたものである。
あらすじ感想  三億円事件とは(三億円事件 - Wikipedia

三億円事件(さんおくえんじけん)は、東京都府中市で1968年12月10日に発生した、窃盗事件である。
三億円強奪事件ともいわれる。1975年(昭和50年)12月10日に公訴時効が成立し未解決事件となった。
日本犯罪史において最も有名な犯罪の一つにも数えられ、「劇場型犯罪」でありながら完全犯罪を成し遂げたこともあり、
フィクション・ノンフィクションを問わず多くの作品が制作されている。

事件概要
現金輸送車に積まれた東京芝浦電気(現・東芝)従業員のボーナス約3億円(2億9430万7500円)が、
白バイまで用意した偽の白バイ隊員に奪われた事件である。
三億円強奪事件ともいわれているが、事件のあった日本において、本件犯行は強盗罪には該当せず、窃盗罪となる。
犯人が暴力に訴えず計略だけで強奪に成功していること、盗まれた3億円は日本の保険会社が支払った保険金により補填され
事件の翌日には従業員にボーナスが支給されたこと、その保険会社もまた再保険をかけており日本以外の保険会社による
シンジケートに出再していたことから補填され[注釈 1]、直接的に国内で金銭的損失を被った者がいなかったという認識から、
及び被害金額2億9430万7500円の語呂から、「憎しみのない強盗」とも言われる。
一方で、
マスコミの報道被害を受け後年自殺した人物や、捜査の過労で殉職した警察官2名が存在する。
警視庁捜査において容疑者リストに載った人数は実に11万人、捜査した警察官延べ17万人、捜査費用は7年間で
9億円以上が投じられる空前の大捜査となったが、1975年(昭和50年)12月10日、公訴時効が成立(時効期間7年)。
1988年(昭和63年)12月10日、民事時効成立(時効期間20年)。日本犯罪史に名前を残す未解決事件となった。
この事件以来、日本では多額の現金輸送の危険性が考慮されるようになり、給料等の支給について金融機関の口座振込としたり、
専門の訓練を積んだ警備員による現金輸送警備が増加した。


作品紹介の前置きが長くなったが、実際に事件を「小説」と冠して書かれているので読者として受け止めに戸惑う。
「小説」としてのエンターテインメントを考えれば「事実は小説よりも奇なり」で、読み物として成功しているかどうかだろうが、
推理小説作家の巨匠が事件解明の方向性を示したものと考えると、どこまで事実に迫っているか興味がわいてくる。
しかし
事実と「小説」の狭間を消化しきれない読後感が残る。
小説帝銀事件】に類似する作品といえる。

清張自身も(題名に関する一考察ずばり!『小説』より
>「小説帝銀事件」は小説として書かれている。
>「帝銀事件の謎」はノンフィクションとして書かれている。この作品は小説として書かれた後の作品です。
>この経緯を清張は、「小説で書くと、そこには多少のフィクションを入れなければならない。しかし、それでは、読者は、
>実際のデータとフィクションとの区別がつかなくなってしまう。....」
>それよりも、調べた材料をそのママに並べ、この資料をの上に立って私の考え方を述べた方が小説などの形式よりも>
>はるかに読者に直接的な印象を与えると思った。
と、語っているが...

1959年:小説帝銀事件
1960年:「帝銀事件の謎」(原題=画家と毒薬と硝煙)(【日本の黒い霧】第八話)
1969年2月:三億円犯人との対話(特集・一九六九年・8つのポイント) 対談相手:南博


以上の経過がありながら、1975年に【小説 3億円事件「米国保険会社内調査報告書」】を書いている。

最初から
そもそも、副題の「米国保険会社内調査報告書」なるものが全くの架空なのか?
Wikipediaの事件概要にも書かれているが、保険関係の存在は具体的事実のようなので、内容に信憑性が感じられ
読者を引きつけるには充分である。小説だから「あったとすれば」でよいのだ。
「小説で書くと、そこには多少のフィクションを入れなければならない。」
を、頭に入れて読む必要があるのだろう。

小説は東京のG・セーヤーズからニューヨークのH・S・スチムソン部長(スミス火災海上株式会社査定部)への
報告書の形で始まる。1975年12月10日
3億円事件は、1968年(昭和43年)12月10日に発生した。
調査依頼は、スチムソン査定部長が再保険を分担している保険会社各社を代表してセーヤーズ私立探偵事務所に
依頼したものだった。事件によって被る巨大な損害を軽減するため再保険なる制度があることは聞いたことがある。
セーヤーズ氏は所員のジム・フクダ(日系アメリカ人)を通訳兼助手として、調査に当たるため来日した。
8月10日のことである。調査の助手として日本人3名を雇用した。
事件の概要が詳しく記述されている。この中には多少のフィクションは含まれていないのだろう。省略して先に進む。
3億円事件の犯人像は退職警官から現職警官説に上昇しいった。
そんな中で、注目すべき事件が起きた。
1968年12月12月12日の朝、三鷹市で、22歳の若者が自殺した。
青酸カリの服毒自殺である。
>その青年は、姉夫婦のいる三鷹市内のアパートに同居していた。両親は早く死んでいる。
>夫は29歳で、都内の警備会社に勤めている。
>警備会社の社長が彼の伯父で、その社長はもと警察官僚で、公安方面を担当した幹部であった。
>したがって政治家に顔がひろい。
>その妻は同年である。
>弟はその姉夫婦のアパートに同居しているというよりも、転がりこんでいた。
>過去に窃盗、恐喝、暴行の逮捕歴があったが、ふしぎとこれまでは微罪ということで起訴までにはいたっていない。
>所轄署では、この素行不良の青年、浜野健次の名前を要注意人物のファイルに綴じこんでいた。

浜野は、同居といっても月の半分くらいは仲間の家を転々としていた。

報告書の内容は一気に容疑者浜野健次に迫っている。
浜野健次は立川市を根城に15人ぐらいのグループで非行を繰り返していた。「立川グループ」と呼ばれ
駐車中の車を盗む常習者もいた。
ただ、浜野にはアリバイがあった。ベテランの警部補がそのことを言明していた。
しかし、その言明の前、事件発生の6日後、捜査本部と別の所轄署の刑事が、浜野が同居する姉夫婦のアパートを
訪ねている。
>姉はドアから眼だけ出して、弟はいまここにいないと強く言った。
>刑事は、奥の部屋に健次がいると直感したが、姉の鋭い拒絶で、それを押し切ってまで中に入ることができなかった。
>健次が工業用の青酸カリをのんで自殺したのはその翌日の未明である。

なぜ?刑事は姉の峻拒を押し切って部屋の中に踏み込まなかったのか?
1.刑事が家宅捜査の令状を持っていなかった。
2.その姉の夫の伯父が曾ては有力な警察官僚であり、現在でも政界や財界に知己が多いという背景に、見えざる威圧を感じた

浜野健次は自殺をするような青年ではなかったと、彼を知るものは証言している。
青酸カリの入手が不明である。日本の法律では入手は困難である。

ここまでで、当局は「シロ」 と判断しているが、報告書は浜野健次に相当の疑念を感じている。

報告書は状況証拠を書き進める。
捜査本部設置から4年目に捜査方針が変わった。輝かしい経歴を持つ捜査一課の警部補が、捜査の責任者になった。
この老練な警部補は犯人単独説を主張していた。
報告書は犯人単独説を否定しにかかる。
単独説では、犯人は7分+14分を徒歩で移動しなければならない。
その間の目撃者が一人も出てこないことに疑問を呈する

二通目の報告書。1975年12月20日
助手で通訳のジム・フクダ氏と共同して単独説を破綻に持ち込もうとする。
そして、浜野健次の自殺に注目する。
浜野健次の姉夫婦の関係も俎上に上る。しっかり者の姉。おとなしい夫。
夫の伯父の経歴とその立場。
とても自殺するよなタマではない、浜野健次。しかし姉には頭が上がらない。
青酸カリの入手先

細かい記述は省略するが、青酸カリの入手経路が判明する。姉の夫の伯父が一枚かんでいるというのだ。
3人の日本人助手の手柄である。(捜査本部では公表していない)
「小説で書くと、そこには多少のフィクションを入れなければならない。」が、頭をよぎる。

G・セーヤーズ氏の推論を述べよう。
大方は、ジム・フクダ氏や3人の日本人助手も一致している。
1.浜野健次は姉夫婦によって毒殺された。
2.3億円は義兄の務める警備会社に運び込まれた。(仕事上の保管し、警備すべき荷物として)
3.義兄と義兄の伯父が関与している。
4.元々は浜野健次と30歳くらいの男が事件を計画していた。(詳しい記述はない)
5.伯父の会社(警備会社)は、給料の遅配があるほど経営に窮していた。事件後持ち直すが、再び経営が悪化する。

以上の推論を導き出しさらに調査を続けることを述べて報告書は終わっている。


前半で、事件の細かい状況書き込まれている。警察発表や当時のマスコミ報道で公の事実として認知されている
のだろうが、
概要が、「小説で書くと、そこには多少のフィクションを入れなければならない。」が、どうしても頭をよぎる。
あまりにも有名な事件だけに、「小説」の形態では、読者として消化不良になる。
清張氏自身も語っているが
>それよりも、調べた材料をそのママに並べ、この資料をの上に立って私の考え方を述べた方が小説などの形式よりも
>はるかに読者に直接的な印象を与えると思った。...
の姿勢で書かれた作品を読みたいものだ。
そして、【三億円犯人との対話(特集・一九六九年・8つのポイント)】(潮:1960年2月)を読みたいものだ。




●言葉の辞典
【峻拒】(シュンキョ)
きっぱりと拒むこと。厳しい態度で断ること。

【僥倖】(ギョウコウ)
1 思いがけない幸い。偶然に得る幸運。「僥倖を頼むしかない」「僥倖にめぐりあう」
2 幸運を願い待つこと。

再読中に「僥倖」の文字を発見した。
>...幸運の可能性を一切入れないものだ。はじめから僥倖を期待するのは実行の破綻につながるからである。
なぜ僥倖が気になったかであるが、今話題の中学生棋士、藤井聡太四段が
「(勝てたのは)僥倖としか言いようがない」
と、発言したしたことがマスコミで取り上げられていたからである。将棋も私の興味の範疇で、彼の活躍に注目していました。
私は、「僥倖」の意味を知らなかったので調べたことがあり、このたび偶然、僥倖に出会ったわけです。(2017年6月16日)


2017年6月21日 記
作品分類 小説(短編) 46P×650=29900
検索キーワード 白バイ・青酸カリ・元警察官僚・警備会社・姉夫婦・伯父・単独犯・複数犯・保険会社・私立探偵事務所
登場人物
浜野 健次 青酸カリで服毒自殺をする。去に窃盗、恐喝、暴行の逮捕歴。とても自殺をするような青年ではない。三億円事件の犯人か?
浜野健次の姉。しっかり者。健次の世話をやくが、もてあまし気味でもあった。
姉の夫 浜野健次の義兄。警備会社勤務。伯父は元警察官僚。妻(健次の姉)と共謀して健次を毒殺か?
伯父 健次の義兄の伯父。元警察官僚。警備会社の社長。3億円事件の黒幕的存在か?
G・セーヤーズ セーヤーズ私立探偵事務所の所長。スミス火災海上株式会社査定部のスチムソン部長からの依頼で事件の調査をする。
H・S・スチムソン スミス火災海上株式会社査定部の部長。3億円事件の調査をG・セーヤーズ氏へ依頼する。

小説 3億円事件