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松本清張_山椒魚 彩色江戸切絵図(第三話)

〔(株)文藝春秋=全集9(1972/10/20):【彩色江戸切絵図】第三話〕

No_253

題名 彩色江戸切絵図 第三話 山椒魚
読み サイシキエドキリエズ ダイ03ワ サンショウウオ
原題/改題/副題/備考 ●シリーズ名=彩色江戸切絵図
●全6話=全集(6話)
1.大黒屋(1115)
2.大山詣で(1117)
3.山椒魚(1159)
4.
三人の留守居役(1119)
5.
蔵の中(1120)
6.女義太夫(1121)
本の題名 松本清張全集 24 無宿人別帳・彩色江戸切絵図/紅刷り江戸噂【蔵書No0134】
出版社 (株)文藝春秋
本のサイズ A5(普通)
初版&購入版.年月日 1972/10/20●初版
価格 880
発表雑誌/発表場所 「オール讀物」
作品発表 年月日 1964年(昭和39年)5月号〜6月号
コードNo 19640500-19640600
書き出し 天明元年は米価の高騰で、早々から騒がしかった。米相場は金一両で米七斗ばかり、銭百文で一升ぐらいになっていた。それで、幕府も市中の月見団子は無用であると町名主に触れさせたくらいだった。また天変地異も相当に起こった。十一月には世間に風邪が流行して老中堀大和守一人を除き、残らず引籠りという珍事態があった。これを三升風邪と云ったのは、このころ升つなぎの模様が流行っていて、「抜けかねる」という洒落であった。同じ月のある日の亥の刻に家鳴り震動して東の空に赤色の光りものが現われ、西を指して飛んだが、そのかたちは満月のように、しかし白昼より明るく、諸人いずれも胆を潰した。このぶんではこの先どんな変事があるか分からないと云い合っているうちに、越えて翌年の七月十四日と十五日には湘南一帯に大地震があった。相州小田原城中に水が押し入って死亡する者が数知れず、また城下の町屋や農家へも水が押寄せて夥しい死者を出した。
あらすじ感想 天明の大飢饉(てんめいのだいききん)とは、江戸時代中期の1782年(天明2年)から1788年(天明8年)にかけて発生した飢饉である。江戸四大飢饉の1つで、日本の近世では最大の飢饉とされる。天明元年は、その前年であり、世情が手に取るようにわかる。
天災に追討ちを掛けるよう疱瘡が流行し始めた。飢饉は粥をすすっても何とか凌げるが、疱瘡は江戸中の親を恐怖に陥れた。家々には魔除けの札が貼り付けられ神頼みしか方策がない

「疱瘡除けの心霊仙魚」を大声で触れ回っている男がいる。
三十一、二の男は源八という。桶にしめ縄を張り魚屋よろしく天秤棒で担ぎ、「さあさ、みんな、これは浅間さまのお使い、箱根の深山幽谷に千年も棲む仙魚です。
これを一目見るだけで疱瘡神は退散、医者も薬も要らぬ。疱瘡の厄除けはこれじゃこれじゃ」拝観料は百文。百文は相当な金額らしい。「当節は百文でも米が8合も買えませんので...」桶の中は「山椒魚」である。もとでは「山椒魚」。それも見せるだけ、男はうそぶく、「ああ、百文ぐらいは造作はねえ。まさかここまで当たろうとは思わなかった。稼げるうちは稼がなきゃ」

一仕事を終えて源八は日本橋馬喰町の旅籠屋常磐屋に戻ってきた。
常盤屋は木賃宿で、二階にはわけのわからない客がいっぱい居た。宿屋の女将は機嫌良く源八を迎える。
広間で雑魚寝をする客の中で、源八は一人で三畳の場所を六人分の銭で確保している。
女将にとって源八は上客なのだ。源八は庄太の帰りを、おかみから聞く。
庄太は「山椒魚」のえさのミミズ取りに出かけたのである。
宿屋のわけのわからない客とは
薬屋の夫婦。女房は三十過ぎ、お種という。亭主は中風で伏せっている。
願人坊主の玄了。他には、巡礼、香具師、物売り、六部
庄太は色白の二十四、五の男。もとは小間物を担いでお屋敷や商家を回っていたらしい。今では源八の使い走り、子分である。
木賃宿の描写は、黒沢明監督の映画「どん底」を彷彿とさせる。映画は1956年の作品。
坊主の玄了はさしずめ嘉平(巡礼):左卜全の役回りである。
腹を空かしているみんなの前で、炊きあがったばかりの飯を食い始める源八。
庄太も不満たらたらだが、茶碗の底に軽く盛られた飯にありつける。源八の振る舞いを同宿の誰もが憎んでいたが誰も口には出さない。十日ほど前に入れ墨男が喧嘩をふっかけたが、その男は源八によって二階から放り投げられた。
飯の少なさに不満を漏らす庄太だが、一喝されて「へえ」とうなだれる。
沈黙を破って、お種が出てくる。
「申しかねますが、ご覧のように亭主が炎天に目まいを起こして倒れてから
商売になりません。そのため、今朝までやっと粥を啜らせましたが、もう、その温かい御飯の匂いを嗅ぐと、
どうにも切なそうにしております。あんまり可哀想なですからなんとかしてやりったいのですが、少々茶碗に裾
分けしていただけませんでしょうか」
窶れてはいるが、どこか垢抜けしたところが見える。源八はその女の白い頸から襟元あたりを見た。お種に飯を恵んでやる源八だが、庄太の些細な振る舞いに怒りを爆発させる。
源八の下心から出た怒りなのである。
悪態をついて階下に降りる源八。「山椒魚」の元気のないのに気がつく。てっきり庄太の食わせた山椒魚の餌であるミミズのせいだと思い、二階の庄太を呼びつける。
源八は、いきなり庄太の髻を摑んで土間に引き倒した。源八に殴られた庄太は、血だらけになって常盤屋の土間を匍い回った。
「おれは、つけ上がってくる奴が大嫌いだ。よく心得ておけ。今夜のところはこれくらいで勘弁してやる」 庄太が、へえ、と哀れな声を出した。
二階で酒を飲み始める源八。二階に上がってわびを入れる庄太
「兄哥、さっきは兄哥に腹を立てさせて申し訳ねえ。勘弁しておくんなさい」
長くなるので割愛するが、源八と庄太の手打ちの場面で願人坊主の玄了と源八のやり取りが面白い。一騒動の後、眠りにつくみなとは別に、階下の土間に降りた源八、おかみも出てきて「山椒魚」を覗き込む。相変わらず愛想のよいおかみ。おかみの追従だけでは気の晴れぬ源八は、土間で煙草をやりながらおかみに頼み事をする。
「ちょっと耳を貸してくれ」「そんなら、おまえは......」「礼はたんまりするぜ」
話はまとまる。
薬屋の女房のお種にちょっかいを出したい源八は、宿のおかみに手助けを求めたのである。おかみは二階に上がってお種を呼びに行く。
その一部始終を庄太は見ていた。目はしの利く庄太は、おかみから源八の企みを聞き出す。庄太は源八の思いを遂げさせたいと、小間物屋家業の片手間に手に入れた「惚れ薬」をおかみに渡しく飲ませることを提案する。
庄太の言い草を信じたおかみは引き受ける。このあたりから庄太の行動は怪しい。
「いいかい、この黒いほうがお種さんのだ。白いほうは源八兄哥だ。間違ねいように、女に飲ませるほうは、こうして包みを小さくしておく。...」
「やっぱり庄太の奴だ」よろこぶ源八。
お種が源八の前に現れる。酒を進める源八、もちろん「惚れ薬」が入っている。
「相談ですって?」お種は怯えた眼をした。
「それじゃ親方、わたしの難儀を見かねて手伝ってやろうとおっしゃるからには、おまえさんにはわたしの
身体が入用ですね?」

お種の物言いが大胆になってくる。
一分の銭で話を付けようとする源八に首を縦に振らないお種だが、二分で話が付く。首尾は上々、源八はおかみを呼び、酒の催促、薬を入れてくれと言う注文である。
お種が二階の亭主に断りを入れると言って二階に上がる。「誰だ?」と源八は言った。「へ、へ、、へ」と笑い声がして、庄太が顔を出した。「へえ、兄哥、だいぶお愉しみのようで......」
庄太にも酒を進めるが、庄太は断る。
「へえ、ありがていが、惚れ薬の入った酒じゃ、あっしにはあとの始末がつかねえ」
「おや?」と、源八は奇妙な顔をした
「やい、庄太。うぬがおれにくれた薬は何だ?」
庄太の「倍返し」が始まる。南蛮渡来の痺れ薬で達磨状態になった源八が転がっている。
「山椒魚」は庄太の手によって串刺しになる。「こいつはまるで鶴か鴨を食っているみていな味だ」
「山椒魚」は宿の客の腹に収まる。

「あれ、庄太さん......」
お種の声は、源八の耳には聞こえる。その媚態は眼にも見える。
虐げられた者の反撃は爽快であるが、同じ屑の寄り集まり
(お種の開き直りの言葉)



蛇足的辞典(
フリー百科事典『ウィキペディア』より
願人坊主
願人坊主(がんにんぼうず)は、江戸時代(17世紀 - 19世紀)に存在した日本の大道芸人の一種で、神仏に対する参詣・祈願あるいは修行・水垢離を客の代理として行うことに始まり、江戸市中を徘徊してさまざまな芸による門付、あるいは大道芸を行う者の総称である。琵琶法師同様、僧形の芸人であって、僧ではない。略して願人坊(がんにんぼう)、願人(がんにん)とも

2014年02月25日 記
作品分類 小説(短編・時代/シリーズ) 29P×1000=29000
検索キーワード 疱瘡・木賃宿・薬屋・願人坊主・おかみ・惚れ薬・痺れ薬・中風・倍返し・飯・飢饉・串焼き・天明
登場人物−山椒魚
源八 三十一、二の男。才覚で「山椒魚」をだしに一儲けする。腕っぷしも立つ男。
庄太 源八の子分。小間物屋で屋敷や商家に出入りをする。色白の二十四、五の男
お種 薬屋の女房。訳ありのようで、亭主は中風。吉原か品川あたりの女郎?。三十過ぎ。
お種の亭主 薬屋。女房はお種。中風で床に就いている。
玄了 願人坊主(がんにんぼうず)。登場人物の中で唯一救われる。
おかみ 日本橋馬喰町の旅籠屋常磐屋のおかみ。源八に銭を掴まされ言うことを聞く。

山椒魚