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松本清張_渡された場面 (【禁忌の連歌】第一話)

(株)新潮社渡された場面(1976/11/10):【渡された場面】〕

NO_056

題名 渡された場面
読み ワタサレタバメン
原題/改題/副題/備考 ●シリーズ名=禁忌の連歌
●全4話
1.渡された場面
2.状況曲線/状況曲線(上)状況曲線(下)
3.
天才画の女
4.黒革の手帳/
黒革の手帳(上)黒革の手帳(下)
(株)新潮社=渡された場面
本の題名 渡された場面【蔵書No0080】 映像の世界【TV】  
出版社 (株)新潮社
本のサイズ A5(普通)
初版&購入版.年月日 1976/11/10●初版
価格 870
発表雑誌/発表場所 「週刊新潮」
作品発表 年月日 1976年(昭和51年)1月1日号〜7月15日号
コードNo 19760101-19760715
書き出し 坊城町は、佐賀県の唐津から西にほぼ三十キロ、玄界灘に面した漁港の町である。小さな半島の突端で、壱岐、対馬沖はもとより、黄海域まで漁船が往復する。古い湊町にはつきもので、遊女町も発達して、そのことだけでも前からひろく知られてきた。町は深い入江を囲っていて、東側と西側とは早道の海上をつなぐ渡船がある。西側に遊郭があった。雹客の朝帰りには楼主のほうで対岸まで小舟を出す。小舟の二階の手すりにならんだ昨夜の敵娼に袖を振られる。朝は海霧が濃いので、姿や妓楼が見えなくなっても女たちの嬌声はいつまでも舟に届いた。このような情緒はいまはない。むろん遊郭が廃止され、妓楼はアパートとか旅館などとなり、階下の一部がパアになったりしているからだ。けれども昔の遊廓の輪廓は荒廃したままだが残っている。高い屋根に看板をあげた旅館やバアのネオンは夜の暗い入江に色を投じる。
あらすじ感想 はじめに場所の特定を試みた。
@
坊城町は、佐賀県の唐津から西にほぼ三十キロ。
A坊城町から三十キロ程度南の位置にある嬉野温泉、武雄温泉。
B玄界灘に面している漁港。
3条件では海上になってしまう。まるで魏志倭人伝の「邪馬台国」を探すようである。(下部の地図を参照)

@の条件が納得できない。唐津から西にほぼ三十キロでは玄界灘の海上になる。

唐津を起点にするのは、主人公の下坂一夫が陶芸店の倅である...
焼物なら、伊万里市を起点に記述しても良さそうである...

内容に入る前に別の作品との類似点を発見したので、一言。

「虎」との共通点
男は女を殺す覚悟を決めた。それとは知らない女。女を情事に誘う男、場所は藪の中。
「虎」=女の残した物は張り子の虎
「渡された場面」=作家の下書きを書き写した小説の一場面

内容に入る。
坊城町は書き出し部分に描写されている。場所は特定できなかったが、
玄界灘に面した漁港の町である。

坊城町の千鳥旅館にやって来た季節外れの客。
−−彼は言葉が少なく、無愛想であった。ぼさぼさに伸ばした長い髪と、蒼白く痩せた顔とは、それでなくとも陰気だった。目は細く、眼尻が少しつり上がっていた。鼻すじは徹って驍「が、険がある。うすい唇は横に裂けたようにひろく、顎の先は尖っていた。背は高いが....まだ続く。

東京の田園調布に住む、小寺康司という作家である。
旅館の担当女中が真野信子。
女中は信子のほかに、梅子と安子。客の小寺を噂し合う三人だが、小説好きの信子は二人の話の俎上に載る。その信子は小寺を知らないし、彼が旅館で書き物をしている場面を見ていない。

小寺は一部の批評家には評価されている、地味ではあるが中堅の作家であった。

信子には小寺と比較する男がいた。唐津の陶芸店の倅である下坂一夫だ。
旅館での小寺は酒も飲まないし、女遊びにも興味がなさそうである。それにひきかえ、下坂は...
信子は小寺に聞く。
「小説を書くには、じぶんでいろいろなことば経験せんと書けんもんですか?」
小寺の答えは「さあ。それはいちがいには言えないなァ」
会話の最後が気になる−−−小寺はちょっとの間、眼をすえてきいた。
「あなたは小説を書きたいのじゃないですか?」
信子はいい体格をしていた。
この好色な目線「
信子はいい体格をしていた。」は、小寺の感想なのか、
作家としての清張の神の声なのか?

林芙美子好きの信子は、小説を書くつもりはないのだが、読むのは好きだった。
下坂一夫は地元で同人誌を出していた。地元の「下坂陶芸店」の倅で、多少はゆとりのある下坂が、事実上のオーナーの同人誌である。下坂の名が東京の文芸誌の出たことがある。それは彼の作品ではなく、いわば同人誌の紹介であったが、A地方には作家××が活躍していると書いたためか、登場した彼らは途端に肩書きが「作家」や「詩人」になる。下坂もその一人である。「文芸界」なる雑誌の愛読者であり、いっぱしの作家気取りである。このあたりの記述は辛辣で皮肉たっぷり、清張の偽物に対する厳しい目線が注がれている。

長くなりそうなので、少しはしょる。

信子は、小寺が旅館から出た留守の部屋で、書きかけの原稿を見つける。
「惜しいことに、それはたったの6枚で、未完になっていた」
信子は未完の原稿を書き写す。書き写しながら下坂一夫と比較にならない文章に感嘆した。
下坂の役に立てばとの気持ちから、後ろめたさも消されていった。
下坂の作家としての可能性に疑問を持ちながらも、みつぐ信子かあった。
下坂には博多のバアに女がいた。
女の噂を信子に伝えるのは、下坂が主宰する「海峡文学」と言う同人誌の仲間である古賀吾市(漁船員)。
信子と下坂の関係は誰も知らない。用心深い下坂の言いつけを忠実に守る信子によって二年の間、誰にも知られることなく過ぎた。もちろん古賀伍市も知らない。古賀は信子に気がある。

モーテルで、小寺康司の原稿を書き写したものを下坂に渡す信子。
信子から小寺の名前を聞いて驚く下坂。
空虚な下坂の小寺評に同意できない気持ちを持つ信子。作者の清張は、「彫心鏤骨」と言う言葉で、
下坂の執筆態度と小寺の作家としての仕事ぶりを信子に語らせる。

女中仲間の安子が、小寺の死亡記事が出ている新聞を持って信子に知らせる。
小寺は39歳、心筋梗塞である。弔電を打つ信子、発信人は「マノ」。

信子は妊娠した。下坂は博多の女と結婚することになる。博多の女も妊娠したのである
博多の女は気の強い女であった。下坂は結婚後に信子との関係が知れることを怖れた。
結婚後は下坂陶芸店の支店を博多に出すことになっていた。

下坂は信子に中絶を拒否され、
>控えめな信子が、もしほかの女と結婚するようなことがあれば、いままで隠していた二人の仲を発表し、
>生まれた子を相手の女性に見せると云った。日ごろおとなしい女だけにその語気には悽愴なものが
>こもっていた。

下坂は決意した。
下坂は結婚を餌に信子を誘い出し計画を実行する。下坂の誘いは、信子の当面の落ち着き場所のアパートを探すことである。
信子は勤める旅館に大阪で働き口があることにし、その相談を口実に休みを取り下坂に会う。
犯罪者は犯罪場所を住む土地からなるべく遠いところに選ぶ。唐津街道と同じ沿線を走る鉄道の周船寺という駅で待ち合わせる。
街道から旧道に入り海に出る山道に入る。山腹の密林...
怪訝な信子。「うん。ここでひとまず降りてくれ。おまえを抱きとうなったたい。草の中で、ちょっと寝よう」
「ま、こげんなところで?」信子は顔を赤くした。
殺人は実行された。

話しは四国地方の或る県に移る。
日曜日、県警捜査一課長香春銀作(カワラギンサク)は雑誌「文芸界」を拾い読みしていた。
文学好きの香春の口を通じて「純文学」批判が展開されるが、香春も下坂同様年に2〜3回だが同人誌に小説を書いていた。下坂との違いは熱心な同人では無かった。
「文芸界」の中に「同人雑誌評」と云う欄があり「海峡文学」が取り上げられていた。

《同人雑誌の小説には一つか二つ、場面描写に、きらりと光るものがあって、私たち評者をとらえることがある。が、それはぜんたいの流れのなかであって、いわば一つの川面に陽がさして、そこだけがきわだっているといった感じである。.....》
の記述の例として「海峡文学」〈秋季号・唐津市〉の下坂一夫「野草」が紹介されている。
《...内容は平凡というよりは水準にも達していないが、その中の六枚くらいの文章が実に見事である。...》
評者はその部分を引用していた。
それを読んだ香春には、感銘、感動があった。でも、文学好きの、元文学青年の刑事としてではなかった。
〈いうなれば県警捜査一課長としての職業的な動揺があった〉

四国で起きた殺人事件の現場付近と下坂の情景描写部分がうり二つなのである。

ここまでのあらすじは全ページの4分の1にすぎない。(259ページ中60ページ)

唐津と四国の二つの場面は、一つのすじとして繋がっていく。
香春は捜査中の殺人事件の容疑者(
鈴木延次郎)に疑問を抱く。きっかけは、「文芸界」に紹介された
下坂の小説からである。フィクションと主張する下坂だが、香春は、下坂の盗用を見抜く。
真野信子と小寺康司がつながり、下坂に信子という女が存在することが顕在する。

下坂の情景描写部分こそ、信子が書き写した小寺康司の書き残したものであった。下坂の盗用である。
「彫心鏤骨」で小寺が書いたものである。そして、真野信子という
『愛が幻とは知らずに信じた女の地下からの悲しい復讐か?』(本の帯)

長編だからだろうが、固有名詞を持つ登場人物はかなり多い
また、北九州の地名も多く登場する。(大雑把に挙げてみる)
織幡神社、宗像神社、宮地嶽神社
橋倉山(524メートル:架空/孔大寺山?:499メートル)
赤間駅、海老津駅、周船寺駅、
針江(架空/内浦地区か?)
多久、大島、地の島、鐘崎、箱崎、香椎、古賀、東郷
唐津街道(唐津〜博多)

残り、4分の3を数行で紹介することになったが、四国の殺人事件も冤罪を避けることが出来解決する、
下坂の犯した信子殺しも尋問調書の形で結末をむかえる。


最後にもう一つ、
「虎」との共通点、少し強引だが
下坂が博多での新居を探す場面
「家主さんは、どこに居るとですな?」「赤間ですたい」
赤間と聞いて一夫はいっぺんにこの話を駄目にした。

「虎」では
与助は大家になっていた。店子として人形屋が入る。
人形屋喜兵衛は、「張子の虎」を作っていたのである。
張子の虎を見るのも嫌な与助は、人形屋喜兵衛に店を明けさせようとする。
理不尽な要求(態度)は、過去の犯罪に繋がるものを拒絶する心理として描かれている。


【感想】
信子や香春(カワラ)を通じて、清張の文学観が縦横に語られている。
場所の説明がふんだんに出て来る。地名、方向、距離、最初にも書いたがまるで「魏志倭人伝」
実在の地名と架空の地名が折り重なり、距離も方向もかなり創作されていて地図に当てはめるには
苦労する。(拡大地図参照/下部の地図をクリックすると詳細地図になります)
殺人現場など、実在の地名にするには問題があるのだろう。

※作中辞書
「彫心鏤骨」
心に彫りつけ骨に刻み込む意で、非常に苦心して詩文などを作り上げること。また、単にたいへんな苦労をすること。
▽「彫心」は心に刻み込む意。「鏤骨」は骨に刻みつける意。大きな苦労のたとえ。
「鏤」は「ろう」とも読む。「心こころに彫ほり骨ほねに鏤きざむ」と訓読する。

拡大地図
作品分類 小説(長編/シリーズ) 256P×660=168960
検索キーワード 盗用、四国、海峡文学、文芸界、同人誌、陶芸店、千鳥旅館、妊娠、博多の女、織幡神社、犬、書評、冤罪
【帯】愛が幻とは知らずに信じた女の地下からの悲しい復讐か?
語ることができぬ死者が用意した予期せぬ結末・・・・・・
登場人物−渡された場面
真野 信子 下坂一夫を愛する気の弱い女。小寺の小説を下坂に渡す。文学好き。24歳
下坂 一夫 陶芸店の倅、同人誌(海峡文学)を主宰する。信子と景子を妊娠させる。景子と結婚
小寺 康司 作家、39歳。心筋梗塞で死亡。千鳥旅館に逗留、四国にも取材旅行
古賀 伍市 下坂と同人誌仲間。信子に気がある。漁船員
景子 博多でバー勤め、下坂と結婚する。気の強い女
梅子 「千鳥旅館」の女中、信子の同僚。信子より一つ年上。旅館では信子が先輩
安子 「千鳥旅館」の女中、信子の同僚。信子に小寺の死亡を知らせる。
香春 銀作 A県警捜査一課長。元文学青年。山根スエ子殺しの容疑者に疑問を持つ。
越智 達雄 A県警捜査一課警部補
門野 順三 芝田警察署捜査課員巡査部長。山根スエ子殺しの捜査で鈴木延次郎に自白させる。
山根 スエ子 四国の殺人事件の被害者。未亡人、夫の残した金で高利で金貸しをしている。
鈴木 延次郎 山根スエ子殺しの容疑者。冤罪、取り調べで自白させられる。
末田 三郎 山根スエ子殺しの真犯人、28歳、独身、建設会社の事務員。交通事故で死亡。

渡された場面