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松本清張_白梅の香

No_575

題名 白梅の香
読み シラウメノカ
原題/改題/副題/備考 【重複】〔中央公論社=五十四万石の嘘(中公文庫)〕
本の題名 西郷札 傑作短編集(三)【蔵書No0198】
出版社 (株)新潮社
本のサイズ 文庫(新潮文庫)
初版&購入版.年月日 1965/11/25●35版1992/09/05
価格 350/古本 9(税5%込み)+送料340
発表雑誌/発表場所 「キング」時代小説特集
作品発表 年月日 1955年(昭和30年)6月号
コードNo 19550600-00000000
書き出し 享保十六年三月、亀井隠岐守滋久が一年の在国を了えて、参勤のために江戸に向かうことになった。亀井の領国は石州鹿足郡津和野である。中国山脈が西に果てるところの山に囲まれた盆地で、四万三千石という禄高も小さいければ城下も小さい。隔年、殿さまが出府なさるについて、お供の顔ぶれが少しずつ異ってくる。各藩の家来には定府(江戸詰め)の者と国詰めのものとがあるが、国詰めの家来には江戸を知らない者が多い。定府の者も己の本国の様子を知らない。それで殿さまが参勤のたびに、国詰の家来から選抜して江戸へのお供の中に加えることが慣例となっている。この者は主君の一年の在府がすんだら、またお供をして国もとへ帰ってくるのである。つまり、半分は江戸見物をさせるための慰労であった。さて、このたび亀井隠岐守の出府の中には、白石兵馬という若侍がひとり加わった。兵馬は二百五十石馬廻役で二十一歳である。
あらすじ感想 享保十六年三月参勤交代で江戸へ向かう津和野藩主亀井隠岐守茲久の一行
その中に白石兵馬と言う男がいた。
>「兵馬がお供して江戸へ行くそうな。あれで一年江戸の水で磨いたら、男ぶりもずんと上がって帰ってくる
>であろうのう」「されば、今からそのときの女子どもの騒ぎが思いやられるわい」
女に素気ないという評判が、また兵馬の人気を高めて....
すこぶる評判の良い色男である。兵馬は眉目すぐれた若者である。
国元からお供で上がってきた若者は先輩に連れられて「吉原」とか「浅草の奥山」などの享楽場所へ
足を向ける。
そんな国侍たちは野暮の標本のように言われる。だが、兵馬は違った。
兵馬は木挽町の中村座にあしげく通うようになる。はじめは連れ立っていったが、慣れると一人で来た。
田舎侍の兵馬は、芝居見物が面白くて仕方なかった。
芝居小屋の女将から声を掛けられる兵馬。
奥に通される。「お連れしましたよ」「おう、それは」太い声が内部から聞こえた。女将は襖を開ける。
猪首の太い亭主は盃をすすめながらいう。訝る兵馬に亭主は話を続ける。
亭主は言う。兵馬が役者の瀬川菊之丞とそっくりであると。もう一人の菊之丞であると。
「旦那様。江戸というところは面白い所でございます」

芝居茶屋の亭主と女将の熱心な誘いに乗った兵馬。「妙なことになった」兵馬は腕をくんだ。
『その女の人と、ただ話をするというだけなら、なんでもないことだ』
芝居茶屋の亭主に案内されて屋敷に着く。部屋に案内される。女が待っている。
この部屋に入ったとき、何とも言えぬ芳香が鼻をついた。こうして長く坐ってその匂いに慣れても、
その薫香は夢見心地になる位、兵馬を酔わせる。
「よく−−よくみえました。ほんに、菊之丞に生写し」
女は握った手を引き、兵馬を抱くようにして立ち上がった。それから隣の襖を開けた。
緋の夜具が眼に入ったとき、兵馬は慄えた。
男の袴の紐を黙って解きはじめる。.......一晩中、枕元で異香が匂った。
かなり急展開である。
でも、ここまでの話では、色男の江戸での色懺悔に過ぎない。

江戸家老、柿坂頼母に呼び止められる兵馬。
麻布の主君茲久に会う頼母。
「殿。久々に「白梅」を焚いて下さりませ」
「伽羅、沈香、白檀、すべて香木は一木一銘と申して、二つと同じ香気はないとされている」
「それでは、この『白梅』の香りは他には無いわけで御座いますな」
「無い」「はて−−」
頼母は兵馬の香気に疑問を持つ。
ふたつと無いはずの『白梅』は...
「されば先年、久世大和守殿、老中職をお退きなされ、総洲関宿にお引揚の際、当家は格別の昵懇を願っていたから、『白梅』の末木を截って贈ったが」

亀井藩の留守居役堤藤兵衛が突然詰腹を切らされて果てた。
留守居役は外交官的な仕事をする役所である。
『白梅』の元木は亀井家に、末木は久世家に。
頼母は末木が久世家に渡ってないのではと疑念を持ったのである。
久世家に渡っていない確証を得た頼母は藤兵衛吟味した。
「根岸に居る女に遣わしました」白状した藤兵衛。
藤兵衛の妾が浮気をしたのである。もちろん相手は白石兵馬。
事情を知らない兵馬に突然帰国の沙汰がでる。帰国前にもう一度「あの女」へ会おうとする兵馬は芝居茶屋へ出かける。顔色を変える女将。入れ替わりに出てきた亭主が答える。
「亭主。この間の女に会わせてくれぬか?」
「滅相もない、旦那。とんだことになりましたよ。あれからあの女の旦那は詰め腹を切って死ぬるし、女はそれを苦にして行方が分からなくなるし、どうも、あの女なの、あなたさまといいことしたのが祟ったようですよ。
わるいことはできねものですな」
兵馬が顔色を変えた。
石洲津和野の山の中にひとりで帰る道中で白石兵馬は、
江戸という所は面白い所のようでつまらなく、広いようで狭いところだと思った。

ささいな横領話である。
発覚の経緯が面白い。香木とその香が狂言廻しである。

展開は起承転結がはっきりしている。
兵馬と女の出会い。
兵馬と頼母の出会い。
頼母と藤兵衛。詰腹を切らされる藤兵衛。
事実を知り、帰国する兵馬

一般的には「視覚」が作品のテーマになりやすいと思うが、
清張作品には
「声」とか「音」とか、前回取り上げた「いびき」など主役として登場する。
五感で言えば聴覚、嗅覚だ。
触覚、味覚が主役になりうるのだろうか?
「肉鍋を食う女」は味覚を感じさせるが...触覚が主役の小説?



2011年12月25日 記
作品分類 小説(短編・時代) 20P×580=11600
検索キーワード 津和野・参勤交代・馬廻役・江戸・芝居・若侍・吉原・香木・居留守役・妾・茶屋・詰腹・役者・色男
登場人物
亀井隠岐守茲久 カメイオキノカミシゲヒサ。津和野藩主
白石 兵馬 21歳.250石馬廻り役。兵馬は眉目すぐれた若者である。役者菊之丞にそっくり
柿坂 頼母 亀井藩江戸家。兵馬の白梅の香を見抜く。六十近い歳
堤 藤兵衛 亀井藩留守居役。根岸に妾を持つ。「白梅」の香木を妾に渡す。詰腹切る
堤藤兵衛の妾 堤藤兵衛の妾。役者菊之丞に似た兵馬に一目惚れ。芝居茶屋の仲介で兵馬と会う
芝居茶屋の亭主 猪首の男。四十三、四。兵馬に女(堤藤兵衛の妾)を紹介する。
芝居茶屋の女将 三十過ぎの大年増。かねをつけた鳥のように真っ黒い歯。

白梅の香