支払いすぎた縁談(完成登録:009)

題名 支払いすぎた縁談
読み シハライスギタエンダン
原題/改題/副題/備考 【重複】〔(株)文藝春秋=松本清張全集37〕
本の題名 遠くからの声■【蔵書No0007】
出版社 (株)講談社
本のサイズ 文庫(講談社文庫)
初版&購入版.年月日 1976/10/15●2版1976/12/15
価格 260
発表雑誌/発表場所 「週刊新潮」
作品発表 年月日 1957年(昭和32年)12月2日号
コードNo 19571202-00000000
書き出し 其処は、「和名抄」に見えているくらいだから旧い土地であった。二つの山脈にはさまれた狭い盆地の聚落である。村は裕福ではなかった。さりとてみすぼらしく貧困でもなかった。一本の川が流れ、両岸には広い桑畠があった。秋ごが終わると間もなく、遠い高い山には雪が来る。萱野家はこの土地の旧家であった。それを証明するような古文書をいくつか持っていた。田舎の旧家の貫禄はそれだけでは足りぬ。萱野家は相応の財産も持っていた。もとは大地主だったが、農地改革で三分の二を喪った。それでも山林は手つかずにある。当主の徳右衛門は何度となく村長に推されたが固辞した。小なりといえ村長も政治家である。政治に手を出していいことがない。財産は減るに決まっている。県会議員選挙で潰れた資産家の実例があった。村長は運動で金を費い、当選してからも村会議員にたかられる。徳右衛門は身慄いして断りつづけた。
あらすじ&感想  裕福な萱野家の当主は、徳右衛門。田舎の名士で、村長に推されるほどに人望もあったが、政治家になる権力欲も無く慎重な生き方をしていると言えた。徳右衛門には三人の子供が居た、下二人が男の子で、まだ学校に行っていた。上が女で、二十六になる。
一人娘で、それにふさわしい教育も施していると徳右衛門は思っていた。娘は幸子と言い、今までにも縁談があったが不成立だった。
二十六歳で少し縁遠い感じがしたが、縁談に対しては、徳右衛門も幸子も相手に不満があり断っていたのだった。
幸子の友達は殆ど結婚もし、子供も設けていた。はじめは、婚期が遅れている事を、友達の結婚生活を見るにつけ気にもとめていなかった。しかし、座して待っていられない焦りが突き上げてくるようになった。それは、婚期の遅れた者の結婚が不利な状況を目立って見せ始めたからだった。「あせることはない」が徳右衛門と幸子の気持ちだった。そんな状況の時、縁談が舞い込んだ。
高森正冶、礼儀正しくネクタイを締めていた。登山帽を脱ぐと櫛目の通った髪がなでられていた。
東京の××大学文学部講師の名刺を差し出した。
徳右衛門に「お宅に古文書が秘蔵されていると聞きましたので、東京から参りました。拝見させていただけませんでしょうか?」
たいていの所蔵家は嫌な顔しないものだ。
高森正冶は、一瞥しただけで、カメラを取り出し撮影を始めた。徳右衛門は少し疑問に思ったが、最近ではこのような方法で調査をするのだろうと思い感心した。
幸子が、茶と果物を出した。

高森正冶は帰り際に、「失礼ですが、お嬢さんはもう御婚約がお決まりでしょうか?」と、聞いた。「いや、まだですが」「有難うございました」
このやりとりに徳右衛門は満足した。しかし、幸子には話さなかった。

徳右衛門はある予感を持って満足したのだったが、予感は、直感と言うべき時期に実現した。
四十年配のいかつい顔をした紳士が、東京から徳右衛門を訪ねて来た。
高森正冶の叔父と名乗り、高森剛隆(タカモリゴウリュウ)の名刺を出した。肩書きは弁護士。
弁護士を名乗る叔父は、甥がお嬢さんを頂戴したいというのだ。徳右衛門の直感は当たった。
もっともらしい理由で返事を急がせた。
徳右衛門は、別間に幸子を呼んで「どうだえ、お前の気持ちは?」
幸子は、あたかも叱られれた時と同じような風情をしてうなずいた。

「至極、良縁だ」
徳右衛門は満足して家の者に話した。旧家の面目も保てる。「婿として申し分ない、村の奴も、さすがだとびっくりするだろう」
婚期を逃しそうになっていた娘の良縁は、積み重なる焦燥感を打ち破り、幸子とて、友人の結婚に羨望と嫉妬と敵意に近い感情で過ごしていたが、それが自身に相応の縁談が待ち混まれたことに満足した。彼女の顔は輝きはじめ、動作が生き生きとしてきた。

高森正冶のアフタ-ケアも完璧だった。
手紙が届く。旨い文章だ。贈り物が届く。
一度自分のアパートに父親と遊びに来てくれと書いてあった。
徳右衛門もそのつもりでいたが少しグズグズしていた。それが幸いした。

萱野家の前に高級車が止まった。
白いハンチング帽にゴルフ・ズボンを穿いた男がボンネットを開けて修理を始めた。
5分とかからなかった。
エンジンは美しい音を立てて唸り始め、蘇生した。
幸子が門のところで立ってみていた。
>「恐縮ですが、ちょっと手を洗わせて頂けませんか?」
それだけで、東京の青年と知れた。

青年は萱野家の座敷に座った。
身だしなみに育ちの良さが感じられた。彼は、新車購入のため試乗のドライブの途中だったことを話した。
彼は、徳右衛門に桃川恒夫の名刺を出し、親父が会社の社長をしていると話し、後を譲りたがっている。
何から何まで、画に描いたような展開が始まる。話がうますぎるが、何の支障も無く進んでいく。
20分もして、座を辞するとき、「東京へ遊びにいらして下さい。ご案内します」
そして最後に付け加えた。
>「近いうちに、母を寄越します。ぜひ、逢ってやって下さい」
言い残して、桃川恒夫は颯爽と車で去って行った。
徳右衛門は縁談と感じ取った。

三日後、桃川恒夫の母が徳右衛門を訪ねてやってきた。予想通り、幸子を嫁にくれという。
ざっくばらんに、結納の支度金は三百万程度でと話した。「いえ、そんなには」と言いながら、徳右衛門は悉く満足した。
徳右衛門は明らかに二つの縁談を比べ始めた。
高森正冶と桃川恒夫は天秤に掛けられた。

徳右衛門と幸子は東京に出て、桃川恒夫のアパートを訪ねた。豪華なアパートだった。
二人は、桃川恒夫に東京を案内されて、満足して山峡の小さな盆地の村に帰った。

帰ると幸子に高森正冶から手紙が届いていた。結婚式の時期を促す手紙だった。今となっては、幸子には煩わしい手紙だった。
徳右衛門は落ち着いて云った。「なに、わたしからすぐに断ってやろう」
「無期延期」の手紙を出した。事実上の断りの手紙だった。

高森正冶の叔父、弁護士の高森剛隆がいかつい顔で乗り込んできた。
80万円の慰謝料と言うべき金を請求してきた。
弁護士の主張は、
>「高くない。人の純情を踏みにじったのだ。高い安いの相場は無い。わたしはもっと頂きたいが、これで甥を宥める。高いと思われたら、法廷に出て争ってもよろしい」
徳右衛門は沈黙する以外無かった。
徳右衛門は桃川家からの300万円の結納金と80万円の慰謝料を計算した。
この計算は甘かったことを思い知らされるのだった。


話としては、何のひねりも無い。
四人の結婚詐欺師の集団が完璧なシナリオに基づいて行動したのだった。
話は、徳右衛門と幸子親娘の隙に見事につけ込んだのだった。世間体をはばかる心理は単純な芝居を見抜くことが出来なかった。
素朴な疑問だが、幸子には母親は居なかったのだろうか?
蛇足だが、桃川恒夫の東京のアパートはもぬけの殻だった。
読み始めとは違った展開だったが、肩のこらない軽い讀物で、物足りなさが残るが、善人徳右衛門の打算は幸子も巻き込んで皮肉な結末で終わる。
萱野家の在所は明示されないが、長野・山梨方面だと思われる。

展開は起承転結
完全なる結婚詐欺
起:父娘の状況。娘に舞い込む縁談
承:新しい縁談、前者より好条件。迷う父娘。
転:縁談を乗り換える父娘。前者の縁談断るが金を請求される。
結:金で解決する父娘。そして誰もいなくなった。


2026年9月21日 
作品分類 小説(短編) 16P×650=10400
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