研究室_蛇足的研究

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2022年03月21日


清張作品の書き出し300文字前後で独善的研究!




研究作品 No_131
暗線

三浦健庸先生。先日は、突然お邪魔に上がって失礼しました。新聞社の「文化部次長」という肩書きのついた名刺をさし上げたのは、一面識もない私が、誰の紹介にも依らずにお目にかかる方法として、これよりほかになかったからであります。従って大学教授として、また文化財保護委員としてのあなたの専門である古代染色について話を伺ったには、面会の口実を果たしただけであります。●蔵書【眼の気流】:「サンデー毎日」1963年(昭和38年)6月
〔サンデー毎日〕
1963年(昭和38年)6月号



三浦健庸先生。先日は、突然お邪魔に上がって失礼しました。新聞社の「文化部次長」という肩書きのついた名刺をさし上げたのは、一面識もない私が、誰の紹介にも依らずにお目にかかる方法として、これよりほかになかったからであります。従って大学教授として、また文化財保護委員としてのあなたの専門である古代染色について話を伺ったには、面会の口実を果たしただけであります。私としては、あなたに直接お目にかかったことと、あなたのご祖父である三浦健亮博士の「古代剣の研究」についてのお話も少しばかり触れて頂きたかったからです。こう書くと、あなたは、それなら何故はじめからそう云ってこないのだとお腹立ちになるかもしれませんが、私としては、或る理由のため、(私に古代剣の知識がうすいこともありますが)正面からおたずねできなかったのです。
この作品に限って、書き出しでの独善的研究は中止します。

「半生の記」と自叙伝について」の考察に当たって、『暗線』を少し読み込みました。

▲登場人物
三浦健庸
三浦健亮(三浦健庸の祖父)
新聞記者(私:松本清張?)
黒井利一(私の父:清張の父、峯太郎?)
須知国子(黒井利一の実母)

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
利一は、安積(アサカ)家の本家の生まれ。
>八歳のとき他国に出た父は一度もこの生まれ故郷である島根県に帰って
>いません。尤も、父にはもう一つの故郷があるのです。それは同じ県の
>仁多郡家神村です。
>ここは父の母、私にとっては祖母に当たる国子が嫁に行ったところで、
>本来なら祖母は父をその須地家で生もはずでありました。
>父の姓は須地でもなく、安積でもなく、黒井です。
>つまり、父は嬰児のとき黒井という家に養子に出されたのですが、
>この黒井は同じ能義郡の広瀬町にありました。
>従って父が生命を享けたのが屋神の須地家であり、
>この世の空気をはじめて吸ったのが安積家であり、育ったのが黒井家という、
>ちょっと複雑な関係になるわけです。
>もう少し具体的に云うと、祖母の国子は須知家で父を妊り、
>生家の安積家に還って生み、すぐに広瀬の黒井家に養子に
>出したことになります。
>父の利一は須知家の長男でありながら他家に出されたのです。


『暗線』には、父黒井利一の出生の秘密が触れられている。
それは、清張が自叙伝として書き残すにしては、残酷な現実がだったのでは無いだろうか?
清張も確実なことは知らない暗線なのかも知れない。
ただ、この件は、清張のエッセイ『碑の砂』に触れられていて、
清張としては、解決済みのようだ。