研究室_蛇足的研究

紹介作品・研究室の倉庫

2004年12月18日

「清張」作品の書き出し300文字前後で独善的研究!。


研究作品 No_022

 【恩誼の紐


研究発表=No 022

【恩誼の紐】1972年 「オール讀物」 3月号

九歳の記憶だからあやふやである。その家は、崖の下にあった。だから、表通りからは横に入っていた。......◎蔵書◎火神被殺(株)文藝春秋●1975/04/05(4版)より

九歳の記憶だからあやふやである。その家は、崖の下にあった。だから、表通りからは横に入っていた。表通りじたいが坂道になっていて、坂を上りつめたところにガス会社の大きなタンクが二つあった。あるいは三つだったかもしれない。とにかく坂の下から上がってその真黒なタンクがのぞいてくると、ババやんのいる家にきたような気になった。子供の眼には目標で安心があるものである。坂道の両側は品のいいしもたやがならんでいた。その間に酒屋だとか雑貨屋だとか八百屋などがはさまっていた。静かな通りで、人はあまり歩いていなかった。三十年も前のころである。まして中国地方の海岸沿いの町では車もほとんど走っていなかった。角二件が板塀の家で、間のせまい路地を入ってゆくと石段が五つほどあって、その家の玄関になる。玄関は格子戸だったか、硝子戸だったかは忘れた。とにかく庭のあるほうの縁は全部硝子戸になっていた。

研究

はじめに、題の『恩誼の紐』の「恩誼」は、「報いるいるべき義理のある恩」と広辞苑にある。主人公の「ババやん」に対する恩なのだろう。あやふやと言いながらも、具体的な記憶である。簡潔な文章で「中国地方の海岸沿いの町」を見事に表現している。内容にす〜と入れる好きな書き出しだ。物語の「始まり〜はまり」と言った感じだ。「ババやん」は、「中国地方の海岸沿いの町」の方言なのだろう。私も中国地方に縁のある人間だが「ババやん」は知らなかった。勝手に想像すると、広島(尾道・福山)、岡山あたりの瀬戸内の町だろう。現場を撮りに行きたい。