研究室_蛇足的研究

紹介作品・研究室の倉庫

2002年01月06日

清張の作品の書き出し300文字前後で独善的研究!。


研究作品 No_007

 【潜在光景


紹介No 007

【潜在光景】1971年 「文藝春秋」

私が小磯泰子と二十年ぶりに再会したのは、帰宅途中のバスの中だった。......◎蔵書◎「松本清張全集1」(影の車/第一話)文藝春秋1971年4月20日(初版)より

私が小磯泰子と二十年ぶりに再会したのは、帰宅途中のバスの中だった。私の家は、都心から国電で三十分ばかり乗り、私鉄に乗り換えて二十分かかる。それからバスで三十分もかかるという、ひどく辺鄙なところだった。七,八年前は麦畠だったのが、今ではすっかり住宅地になっている。バスも二年前からやっと開通するようになった。その日は会社からの帰りだから、多分、七時ごろであったと思う。私が吊り革にぶら下っていると、すぐ隣にいた三十四,五ぐらいの女が、何かの拍子にこちらを向き、びっくりしたような声をあげた。「あら、あなたは、浜島さんじゃありませんか?」その女は、こざっぱりしたワンピースを着て、手に小さな鞄を抱えていた。夏の初めのことである。私は、自分の名前を云われたが、すぐ、彼女が誰か分からなかった。先方では、懐かしそうな眼をしてにこにこ笑っていた。

研究

男と女の出会いである。場所は特定されていないが、国電で30分、私鉄で20分、バスで30分相当辺鄙なところだ。20年ぶりでありながら彼女は浜島を確認している。彼女の態度は浜島に対して好意的である。20年ぶりで相手を確認できるだろうか?それも、バスの中でのとっさの出来事の続きでである。いきなり、「あら、あなたは、浜島さんじゃありませんか?」と声を掛ける女の態度は少し疑問だ。昔から彼女が浜島に多少好意を寄せていたのか、特別の感情があったのか、2人の昔の関係が分からない。浜島は彼女が誰か分からない。この方がむしろ自然である。しかし、この書き出しだけで2人の仲が進展するであろう含みが読みとれる。話の展開の序の口と言った感じで、特別の複線など感じられない。