紹介作品No 130 【父系の指】 【新潮】1955年(昭和30年)9月号 私の父は伯耆の山村に生まれた。中国山脈の脊梁に近い山奥である。生まれた家はかなり裕福な地主でしかも長男であった。それが七ヵ月ぐらいで貧乏な百姓夫婦のところに里子に出され、そのまま実家に帰ることができなかった。里子とはいったものの、半分貰い子の約束ではなかったかと思う。そこに何か事情がありげであるが、父を産んだ実母が一時婚家を去ったという父の洩らしたある時の話で、不確かな想像をめぐらせるだけである。父の一生の伴侶として正確に肩をならべて離れなかった”不運”は、はやくも生後七ヵ月にして父の傍に大股でよりそってきたようである。父が里子に出されるという運命がなかったら、その地方ではともかく指折りの地主のあととりとして、自分の生涯を苦しめた貧乏とは出会わずにすんだであろう。事実、父のあとからうまれた弟は、その財産をうけついで、あとで書くような境遇をつくった。。●蔵書【松本清張全集 35 或る「小倉日記」伝・短編1】(株)文藝春秋●「新潮」1955年(昭和30年)9月号
登場人物
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