紹介作品 No_109  【年下の男】


 死の枝(改題/原題:十二の紐) 第五話 年下の男

紹介作品No 109

【年下の男 〔【小説新潮】1967年(昭和42年)6月号〕
大石加津子は、ある新聞社の交換手として十七年間勤めていた。十八の年に初めてレシーバーを両耳につけて以来、いまだに交換台に座っていた。十人ばかりの交換手の中ではいちばんの古顔であった。加津子は、べつにそれほど器量が悪いというのでもなかった。難を云えば髪と眉毛が薄いことと、背が少し低い程度で、まず十人並みの容貌だった。これまで彼女に結婚の話が二つや三つぐらいは無いではなかったが、何かのはずみでその全部を断って以来、ふっつりと彼女から縁談のことが跡切れてしまった。してみると、彼女がいまだに独身でいるのは自業自得ともいえるし、他の男の目を惹くに足りなかったともいえる。もしそうした強い魅力があれば、その後もひきつづき結婚の話があるはずであった。また恋愛の経験もなければならなかった。眉毛がうすい点はいくらでも描き眉で補えるのだから、それは大きな欠点にならなかったが、元来老成した感じを若いときからもっていた。二十五すぎると皮膚がかさかさになって小皺も早くから出来た。●蔵書松本清張全集 6 球形の荒野・死の枝:「小説新潮」1967年(昭和42年)6月号

大石加津子は、ある新聞社の電話交換手。独身。
>べつにそれほど器量が悪いというのでもなかった。難を言えば髪と眉毛が薄いことと背が少し低い程度で、十人並みの容貌だった。
小金を貯めて結婚を諦めかけたとき彼女は三十五歳になっていた。老後のためかアパートを経営していた。

「電話」が、キーワードとして登場する作品は数点ある。中でも『』はそのものズバリ、『交換手』が主人公で、『詩と電話』も、該当すると思う。
その意味でも今作品(年下の男)と『』と『詩と電話』は、三大作品と言ってよいだろう。

大石加津子に突然恋愛話が降って湧いた。
それは、星村健治 23歳によってもたらされた。
男は、白い丸顔の男、剽軽者の男。彼は、交換台の保全係で男禁制の交換台に出入りしていた。

アパート経営をしていた加津子の空いていた物置部屋が、星村健治の住まいとなる。
加津子は女独りの所帯が物騒だからと理由を付けて、健治を住まわせる。

いつからか物置部屋の三畳の間に住む健治を加津子は、結婚相手と意識する。
歳が違いすぎる。三十五歳の加津子は、年齢より老けてみえた。
>髪はますます薄くなり、眉毛はその描き眉を除ると、まるで江戸時代の女房みたいに剃ったようであった。
>それに近ごろは、中年肥りで身体も大きくなり、それだけ交換台の女ボスとして貫禄をつけていた。

それでも結婚には、加津子なりの理由があった

加津子が二人の中を後輩の同僚に相談した。それは、結婚を決意した後の形式にすぎなかっつた。
相談とはとかくそういうものだ

加津子と健治の結婚
二人の結婚に忠告をする者がいた。
「その時は仕方ないわ。彼には好きなことをさせるつもりよ。わたし、それほど分からない女じゃないわ」
その懸念は意外にも早くきた。


健治に女ができる
交換台の加津子は、電話を簡単に盗聴できた。
その事は健治にも話さなかった。
健治は、交換台が盗聴することまで知らなかった。
加津子は、自分の手で女の電話を健治につないだ。
健治と女の中は、加津子に筒抜けだった

加津子のプライドは、女の存在が明らかになっても決して変わることはなかった。
加津子は女々しくなかった。それ故、破滅へと進んでいくことになる。

加津子は何とかして自分の誇りと体面を傷つけらずに、健治の死亡時期を早めることを考える。
殺人が計画される。
高尾山にピクニックへ誘う。場所を選んでの墜死計画。

小さなトリックがある殺人計画だが、結果として簡単に見破られる。
ここで、ネタバレを戒めて。箇条書きにする。
  高尾山へのピクニック
  小型カメラで記念写真
  
加津子は、最後のピクニックで撮影したカメラの処分に困る。
そこには、墜落死した星村健治が写っているからだ。

東京駅の待合室に、見知らぬ顔で置く
常習の置き引き犯が取得する。が、別件で逮捕される
カメラは捜査対象になり、製造元、販売小売店が追及される。
  カメラ店に立ち寄る、器用な女
  ヨウザワメクラチビゴミムシは、高尾山にしかいない昆虫
>偶然にもその刑事は、高尾山のアベックの男が墜死したことを新聞で読んでいた。



2020年12月21日 記

登場人物

大石 加津子 ある新聞社の電話交換手。三十五歳。十人並みの器量だが、髪と眉が薄かった。背が低い。職場の女ボス。年下の男が出来る(星村)。
星村 健治 白い丸顔の男、剽軽者の男。交換台の保全係で男禁制の交換台に出入りしていた。背が高い(当時として、175センチ)
刑事 常習の置き引き犯が取得したカメラの行方を追及する。偶然にもその刑事は、高尾山のアベックの男が墜死したことを新聞で読んでいた。

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