紹介作品 No_098  【数の風景】(歌のない歌集:第一話)


 

紹介作品No 098

数の風景】 〔婦人公論 1986年(昭和61年)3月号7日号~1987年(昭和62年3月号27日号
(歌のない歌集)
板垣貞夫は東京から米子空港に午前十一時ごろに着いた。着陸の前、厚い雲の下から現れた街は白く、大山は裾野のほうだけぼやけている。夜見ヶ浜の海は黒い。蔵書【数の風景】:朝日新聞社/週刊朝日連載1986年(昭和61年)3月7日号~1987年(昭和62年)3月27日号

約28万字の長篇。週刊誌に1年間の掲載。約52週。1回では5300文字程度か...四百字詰めの原稿用紙、13枚程度。
「数の風景」(朝日新聞社)の単行本からの推測だが、単行本では7ページくらいで1回分か?
次週に興味を持たせるためにも、続きが大切だ。そんなことを考えながら再読した。

登場人物も多い。
それらの人物が複雑に絡み合っている。
まず、ほぼ登場順に人物を挙げてみる。人物像は話が進むにつれて追加的に表現される。

板垣貞夫:土木建築関係の設計士(25センチのゴム長/意外に小さい足)
梅井喜久子(梅井きく女): カノチエ帽の女:34,5歳 1メートル64、5個性的な顔で眼が魅力的。
                  R大学の助教授。民俗学専攻。
※断魚荘のアキ子(若女将)の感想
  それほど若くはありません。三十三、四というところでしょうか。三十一、二くらいに見えます。殿方にはね。
  一メートル六十四、五。女性としては背が高いほうです。でも、背がすらりとしてて。すてきです。
※夏井の武二の調査で判明
  梅井規久子(ウメイキクコ)は、R大学の文学部助教授。民俗学の専攻。

★守屋豊一郎:石見銀山観光開発の調査を板垣に依頼した太田市の有志。採石工場の経営。上野吉男の元妻芳子は妹。
★和田修造:守屋豊一郎の部下。「断魚荘」の若女将アキ子に気がある。上野吉男に通じている。
  ※背も低い、顔も平べったい。
★女将:宿(断魚荘)の女将
★キコ:宿(断魚荘)の嫁。ポニーテールで、セーターにスラックス。亭主持ち、亭主は大阪に修行に行っている。名字が不明。
矢部久一:実質的には主人公。矢部久一と名乗り、画家を詐称。本名谷原泰夫。四十七歳。
        不動産業、出版社の経営を破綻させ、債権の取り立てを避けるため逃走中。四十七歳
※板垣が風呂で遭遇した矢部(谷原)の感想
  顔だけを見ると五十歳かその上。臀(シリ)も太股あたりも肉付きがよく固肥り。肥っている感じはしない。
  胸は厚いが、腹はそう出ていない。
  裸身は四十すぎ、壮年の体格。髪はぼうぼうの伸ばし放題。

★上野吉男:日本海運輸の経営者。元妻は守屋豊一郎の妹。元妻(芳子)を殺害か?
  再婚した今の妻は京都の木屋町のクラブのママ。原田源之助の妹(愛子)。芳子・愛子とも未入籍。
★芳子(守屋芳子):上野吉男の元妻。守屋豊一郎の妹。男が出来て、東京に出奔した。
             吉野が妻と死別後後妻となるが未入籍
※東京の港区白金台5ノ27に愛人の男(河辺良輔)と暮らしているという。(住所は、自然教育園・庭園美術館)
★愛子(原田愛子):上野吉男の妻。原田源之助、(「
西伯地下資源株式会社」の社長)の妹。
★原田源之助:
西伯地下資源株式会社の社長。本社は京都。会社は上野吉男のダミー会社。妹が上野の妻
夏井武二:谷原の経営していた出版社の編集長。鹿児島県出身
※板垣が経営していた出版社での夏井の印象。
  編集長の夏井武二。鉢巻きでシャツ姿。角張った顔に汗を流して猛烈な勢いで原稿を書き、ゲラに赤鉛筆を走らせていた。
  三人前の仕事。四十五歳。奥さんが病身。(夏井を編集長としているが、最初は谷原が編集長か?)

★水巻ユカリ:谷原泰夫が造った事務所の事務員とし雇われる。高校を卒業したばかり。恋人(写真店のの店員)がいる。
★米田五郎:鉄塔の地権者。谷原は米田から、高圧送電線の鉄塔(タワー)間の土地、幅十六メートル長さ十キロを買う。
★佐伯修市:電力会社の工務所所長。厚い縁なしメガネ、きれいに撫でつけた光る頭。
★大沼賢一:電量会社の松江支店長。でっぷりとした体格、押し出しがいい。耳のあたりに白いものがまじっている。
杉尾静子:谷原泰夫の経営していた出版社の社員。クラシック好きの女。

川路:アークスタイヤ松江支社の課長
田尾甚太郎:地権者
米田五郎:鉄塔の地権者
柳沢忠治:地権者
石井タメノ:広島の地権者
宇賀勘兵衛:広島の地権者
大沼乙一:米子の地主。六十三歳
※谷原泰夫の感想
 色の黒い痩せた身体をしている。名に似ず背の低い、小さな男で、出雲神話に出てくるスクナヒコナを思い出す。
 性格スクナヒコナのように律義だ


小関権次郞:国会議員
森川秀之輔:小関権次郞の地元秘書
※夏井武二の入れ知恵か、谷原は、名刺を権威つけとして利用する。
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●板垣貞夫が主役か?(第1章?/朝日新聞社刊の数の風景:1ページ)
土木建築関係の設計士をしている板垣貞夫は、米子空港から松江に入り、指定された宿に入る。
かねてから行きたいと思っていた鰐淵寺に行くことにした。
タクシーでの道すがらの説明。鰐淵寺・一畑寺を経ての帰り道、十六島(うっぷるい)に立ち寄る。
風景描写。濃紺のコート、濃紺の帽子(カノチエ帽)をかぶった女性に出遭う。
一畑寺(いちばたじ)に立ち寄る。ここでも、カノチエ帽の女と再会する。
週刊誌では、ここらまでが第1回目か...

なかなか本題に入らない。
板垣は5時過ぎに宿に帰る。風呂に入っている間に守屋豊一郎から伝言があった。
翌朝、大田市の駅で待ち合わせだ。
今回の板垣の松江行きは、守屋豊一郎の依頼で、石見銀山廃坑調査が目的なのだ。
守屋は、廃坑の坑道を観光開発することが目的らしい。板垣には気の進まない旅だった。

駅では、守屋豊一郎と部下の和田修造が板垣を迎えた。他にも地元の有志が数名。
一行は、タクシーで祖式の「断魚荘」へ向かう。
旅館(断魚荘)までは、粉雪が舞い、雪の残る急勾配の道で、タクシーではたどり着くことが出来ない。
「さあ、ここからは歩くしかありません」
温泉旅館の「断魚荘」が見えてきた。
旅館には誰も投宿していないとのことだったが、二日前から東京の絵描きが逗留していた。
女将と嫁のアキ子が出迎える。夜の宴が終わり翌朝の9時が約束の時間となり散会となった。
朝食のメニュー
     湯豆腐(わけぎのミジン切り、生姜、かつおぶし付き)
     生タマゴ(祖式で露地飼いしている鶏の地タマゴ、色も香りも濃し)
     ほうれん草のゴマ和え
     大根おろし(地元栽培の聖護院大根)
     ワサビ漬け(地元栽培のワサビの葉と茎を酒と醤油に浸けたもの)
     ゼンマイの炊き合わせ
妙に細かい描写だ。

9時きっかりに守屋豊一郎が出迎え。女将とアキ子に見送られ宿を出る。
崖の上の道に一台のタクシーがとまっている。板垣の目に映るものは旅館のある風景だった。
>吊り橋から眺め下ろした渓流は、これまた水彩画そのものだった。.....
>ただ、惜しむらくは、その山嶺の屋根や台地上に高圧送電線の鉄塔が見えていることだった。
【数の風景】の単行本の帯には
高圧送電線下の土地は地価高騰の時代の盲点だった。石見銀山をめぐる二つの殺人事件を解く鍵は「数」。
山陰の温泉宿とウィーンを結ぶカノチエ帽の女性の正体は・・・・・・。巨匠、松本清張の最新推理

と、ある。伏線か?

駕籠で探査の趣向だが、板垣には有り難迷惑だった。難儀をしながらも、駕籠は大久保間歩に着いた。
※石見銀山 大久保間歩 一般公開限定ツアー 実施期間
  2019年4月1日~11月30日の金・土・日・祝日・お盆期間(8月13・14・15日)及び2020年3月の金・土・日・祝日

大久保間歩での説明で、大森銀山仙ノ山のほとんどが「明治の銅山」とわかり踏査の意欲がなくなった。
守屋も説明には上の空のようだった。

宿の風呂に浸かりながら、駕籠の旅の疲れを癒やしているとき、風呂に入ってくる者がいた。
先客の「画家」だった。
同宿のよしみか、裸の気楽さか、世間話になる。板垣の駕籠での山道行から石見銀山の再開発話へ
再開発と言っても、観光開発である。
今度は、自称「画家」の話になる。
男は、別府の裏の湯布院温泉、阿蘇の外輪山垂玉温泉、山口県の俵山温泉と泊まって、断魚荘に来たと話した。
板垣は、翌日も又駕籠の旅である。駕籠かきも多少なれてきた。
肝心の「石見銀山観光」プランに対して板垣は、相当な規模の財力が必要でその実現性を大いに疑問に持った。
三時頃には宿に着いた。アキ子が迎える。
守屋はまだ知らなかったが、板垣の部屋は、「亀の間」から「鳳凰の間」へ替わっていた。
空いたはずの「亀の間」はすでに塞がったという。女の客らしい。
成り行きから、昨日の風呂での話を守屋にすることになった。画家を自称する男は「鶴の間」で、矢部と名乗っていた。
>「向こうでは、わたしが設計士だという職業を云い当てましたがね。話をしてみると、
>常識的な人で、そう変人とも思いませんでしたな。.....」

ところが、アキ子を追い遣った後で、守屋は板垣にぼそぼそと低い声で云った。
>「先生。鶴の間の矢部とかいう客は、テレビでもほかの番組は見ないけど、ニュースはかならず見ている
>と云うじゃありませんか。ちょっとヘンですよ」

守屋は、矢部が画家を詐称していることを見抜く。
そして、「身を隠している」と、云う。拐帯犯人ではないかとも云う。
守屋は、話を本題に移す。「竜源寺間歩実測図」を置くと、明日を約束し、守屋は忙しそうに帰る。
入れ替わってアキ子が部屋に入ってくる。「亀の間」の客が三十四、五の美人だと教えてくれた。
アキ子の話からその女性は、カノチエ帽をかぶった女と分かり、アキ子共々板垣も驚く。

料理を運んできた年配の女中から新しい情報が入った。
迂闊にも、板垣は守屋の生業を知らなかった。守屋は採石工場を経営していた。
日本海運輸の資本から独立して現在に至る。
日本海運輸の社長は上野吉男。上野吉男の元妻が、守屋豊一郎の妹(芳子)。上野は芳子と離婚していた。
離婚は三年前。吉野は後妻を貰っていた。元妻で、守屋の妹は東京で暮らしているようだ。

この間、アキ子の描写が時々出てくる。旅館の若女将だが、ポニーテールの愛嬌のある女性として描かれている。

話が遅々として進まない。

板垣は矢部の希望で、風呂で話した以来、話す機会を得る。
一畑寺、三津峠、十六島湾...梅井きく女(宿帳には、「梅井きく」)の噂話から、彼女は計算狂ではと、矢部は云う
さらに矢部の話は思わぬ方向へ。梅井キク女は、自殺目的の旅だと断言する。それは同じ目的の旅だから分かるというのだ。
矢部は自殺志願者?にわかに信じられない話だが、冗談ではなさそうだ。自殺志望の原因はカネだと言う。

※話が進まない割には説明が長くなった。先を急ぐ。
谷原泰夫が主役へ。(第2章?/朝日新聞社刊の数の風景:93ページ)
※谷原の自己紹介?(97ページ)
   自分の不動産会社の事務所の半分を新しく設立した出版社の事務所にし、経理部員二名、編集部員三名、女子一名を
   採用し、社長の俺が編集長を兼ねた。そして月刊雑誌「こんな話」を創刊した。
この章は短い。
自殺志望の矢部こと、本名、谷原泰夫の自己紹介的な回想綴られる。
背景に、日本海運輸のトラックが走る。遠くに連山。高圧送電線の鉄塔が見える。鉄塔の数をかぞえる谷原。
ふと我に返る。谷原は梅井きく女になっていた。が、
>まったく別なことが彼の脳裡に浮かび上がった。.....(商売のアイデアだ。)
>「死神」は落ちた。
>かわりに大鴉の黒い翼が舞い降りて、彼に憑いた。

ここから急展開する。
大田市で買い求めた六法全書、「電気事業法」を読みあさる谷原。
不動産業の経験から土地に関する法規には知識がある方だ。
彼の商売のアイデアは、高圧線下の土地の保障だった。鉄塔の為の土地は保障されているのだが.....
これは商売のアイデアでもあるが、この小説のアイデアでもある。

●谷原泰夫の欲望は拡大する。【高圧送電線下の代理交渉】(第3章?/朝日新聞社刊の数の風景:118ページ)
谷原泰夫は、上野吉男(日本海運輸の社長)の元妻「芳子」の出奔に疑問を持つ。
出奔直後の再婚。兄である守屋豊一郎も出奔を信じていない。
ただ、ここで芳子は殺されているのではと、推測する谷原だが、結論ありき過ぎないか?
いきなり殺されているとする推理だが、無理がある。動機は何も書かれていない。
そして、死体遺棄の場所が「地下二十四万平方ーメートルの広漠たる区域」と考える。それが銀山の廃坑。
さらに、守屋豊一郎の銀山廃坑の再開発、観光開発のための測量調査が、芳子を殺した、上野吉男への無言の圧力。
ここまでの推論が物語の太い幹となることに、些か違和感を覚える。ご都合主義か...
しかも和田修造の話では、芳子は東京で暮らしているとのことだ。

しかし、これからが清張(みうらじゅん氏の「清張スイッチ」が入る)。谷原泰夫は同じ穴のムジナとなる。
夏井武二が登場。谷原は、上大崎に住んでいる夏井に、芳子の生存を確認させる。上大崎と白金台は目と鼻の先。
芳子は白金台には居なかった。谷原が考えた守屋の推論は谷原の推論として同化する。
石見銀山の「坑道略測図」を無言の圧力として、上野吉男に「身元保証人」を引き受けさせる。
旅の風来坊である谷原泰夫が、地元の有力企業家の後ろ盾を得たのだった。
地主に代わって、電力会社を相手に、高圧送電線の鉄塔(タワー)間、いわば送電線下の土地利用の補償交渉の
代理人になろうとした。

●谷原泰夫の代理業の挫折と新たな展開。(第4章?/朝日新聞社刊の数の風景:169ページ)
独創的なアイデアだと思った代理業が不発に終わる。同じような考えの先輩がいたのだ。
そして、その先輩人も挫折した。
相手の電力会社は甘くなかった。
撤退を決意して事務所に帰った谷原は、夏井の電話でよみがえる。
鹿児島に帰省していた夏井が出雲まで来るというのだ。
夏井から「薩摩の麓」の話に乗せられながら「起死回生」の道を伝授される。

幅十六メートル、延々十キロにわたる土地を、地主の米田五郎から買い取り、谷原が新しい地主となったのだ。
地主として電力会社と交渉しようというのだ。
谷原は、川畔の町の電力会社工務所を訪ねた。
「豊国エージェント」の所長の谷原泰夫は、地主として、工務所の所長佐伯修市へ高圧送電線の撤去を迫る。
>電力会社との交渉は、本店や支店から開始するのは愚の骨頂である。
>末端の工務所からはじめるのを可とする。
>これが薩摩麓人たる大地主の「電力会社対抗教程」の第一条である。


「豊国エージェント」の所長の谷原泰夫は、工務所の所長佐伯修市へ高圧送電線の撤去を迫る。
幅十六メートル、延々十キロにわたる地主の谷原は、電力会社と渡り合う。もはや代理では無い。
電力会社の大沼賢一松江支店長、用地部長、次長と向き合う谷原。
谷原は、鉄塔には触れずに高圧線下の地役権を問題にした。土地の所有権は、その土地の上下に及ぶ。第二〇七条。
谷原は、二枚の名刺を示す。衆議院議員・小関権次郎銀。秘書・森川秀之輔。
森川秀之輔の名刺には「小関への一方ならぬご後援を賜り、拝謝申し上げます」と、あった。
緊迫の面談は、支店長の合図で終わった。
それから三十分もすると支店長の大沼から電話が入った。接待宴席への招待である。名刺の威力か、谷原は快諾する。

乗り物関係の雑誌に関わる、夏井武二からの通信。
「第一自動車工業」の視察団が、オーストリアから帰国にまつわる連絡である。板垣貞夫の再登場である。
自動車会社の車のテストコースの建設計画が.....
夏井の報告に杉尾静子が登場。音楽家の「数きちがい」(ニュメロマニア」)の話題へ。ワグナー・ブルックナー・バッハ...

電力会社の役員が懇談したいと云ってきた。一億二千万で手打ち、休戦となる。


●谷原泰夫の新たな興味と深入り。(第5章?/朝日新聞社刊の数の風景:236ページ)
休戦と言いながらも高圧線下の土地を買いあさる谷原は、島根県内だけで無く鳥取県まで手を伸ばす。
米子に向かった谷原は、大沼乙一という地主と話がまとまり、雑談が始まる。
大沼から企業誘致の話を聞かされる。風聞だが、電機工場とか家電の製造工場とかカメラのレンズ工場とか、
つかみ所の無い話ではある。また、この地方では古くから砂鉄がとれるらしかった。大沼は土地の発展に期待していた。
米子空港への帰り道、谷原の出版編集時代の郷愁から小さな古寺へ立ち寄った。
タクシーを止めさせ、運転手に大沼の話が本当か近所で聞いてみさせた。どうやら噂話らしく誰も知らない。
谷原はなぜか、大沼の話に信憑性を感じていた。大地主の大沼の話なので満更嘘では無いだろう。
既に買収は終わっているのでは...
谷原の希望でタクシーは脇道に入る。
コンクリート造りの建物を眼にした。
西伯地下資源株式会社第二研究所
上空を舞うヘリコプター
伏線は張り巡らされている

谷原に届けられた封書は、「断魚荘」のアキ子から転送された、梅井きく女からの書類だった。
書類は谷原が板垣貞夫から預かった「石見銀山竜源寺間歩実測図」で、梅井きく女へ貸したままだったのだ。
手紙でカノチエ帽の女「梅井きく女」がウィーンの学会に出席していることを知る。彼女は学者らしい。
夏井からの情報で、「第一自動車工業」のテストコース(試走場)の建設話が相当進んでいることが分かる。
大沼乙一の「工場誘致の噂話」は、密かに買収が進んでいるテストコースだった。
谷原は、梅井きく女の身元捜査を依頼する。


●谷原泰夫とテストコース。(第6章?/朝日新聞社刊の数の風景:259ページ)
「第一自動車工業」のテストコース建設に、板垣貞夫が参加し、関与している。
谷原は、板垣に連絡する。その際、矢部を名乗ったが、本名が「谷原泰夫」で在ることを告白する。
「断魚荘」では、矢部久一として、旧知の間である。
二人は、皆生温泉(カイケオンセン)で会う約束をする。
梅井きく女も二人にとって共通の話題だ。彼女の身元が夏井の努力で分かったのだ。
梅井きく女こと、梅井規久子(ウメイキクコ)は、R大学の文学部助教授。民俗学の専攻。
板垣の、民俗学の蘊蓄が一くさり。
>「民俗学には、民間に伝承された数字の元年を調査する分野があると思うんです。
>民俗学はさまざまな民間伝承を対象にしますからね。
>ぼくも測量と設計が商売ですから、その関係にちょっと興味を持ったことがあるんです」
聖書やゾロアスター教など持ちだし、板垣が語るのだが、まるで清張自身の語りとも言える。

話は新たな方向に進む。意を決した様子で板垣が話し始める。
テストコースは、ヨーロッパ向けの車の開発を目的にしているらしい。
ヨーロッパの石畳を走る車のテストコースなのだ。このテストコースの造るに当たって必要なのが石。石畳の石。
ヨーロッパでは石畳を剥がしてアスファルト舗装にしている。その石を買い付けて、テストコースに敷き詰める。
一個百円から二百円くらいで、洗浄費込みでも七百円くらい。それが、十三万個。
このテストコースの建設の邪魔者が≪西伯地下資源株式会社第二研究所≫だと言う。砂鉄が出る土地。
谷原の問いに、板垣が答える。
≪西伯地下資源株式会社第二研究所≫
の社長は、原田源之助。本社は京都。
今までの伏線が集結を始める。磁石に引かれる砂鉄のように。
板垣が持ち出した一枚の航空写真。≪西伯地下資源株式会社第二研究所≫の屋上からヘリコプターを見上げる
男が映っている。男は、和田修造。

西伯地下資源株式会社の社長は原田源之助。本社が京都。上野吉男の新しい妻が京都の木屋町のクラブのママ。
谷原の想像が膨らむ、原田源之助と上野吉男の新しい妻はとは何か関係があるのでは...
夏井の調べですぐ判明した。上野吉男の新しい妻は「....妹ナカグロ愛子」。原田源之助の妹。
※「ナカグロ」?と思ったが
ナカグロとは:記号活字の「・」。縦書きの小数点、同種のものの並列の区切りなどに用いる。中点(なかてん)。
ここまでくれば、上野吉男の元妻芳子が男と出奔したことも、もちろん、和田修造から聞いた河辺良輔と暮らしている話も
全く信用ならないと思った。守屋豊一郎の部下だった和田修造は上野吉男に通じているようだ。

テストコースの建設工事に絡めて、夏井が言った。
>「社長。どうか、気をつけてください」
電話は切れた。
>偶然としても、夏井の直感には、鋭さを通り越して、神韻縹渺(シンインヒョウビョウ)としたものがる。

谷原泰夫は奇妙な行動に出る。それは上野吉男の豪腕に恐れを成したからなのか。
上野に身元の証明の為に一筆書かせた名刺と、板垣貞夫に見せてもらった「竜源寺間歩実測図」に付け加えた
「架空実測図」にハサミを入れた。
紙くずは、斐伊川へ紙吹雪となって舞った。(砂の器の一場面を想起した)
----失敗するかもしれないな。
>今後の計画のことを谷原は、想っていた。
谷原の計画とは....紙吹雪は今後の計画の破棄では無いのか。


●谷原泰夫の失踪。計画の失敗? 夏井も梅井喜久子も出雲へ(第7章?/朝日新聞社刊の数の風景:324ページ)
谷原泰夫が「豊国エージェント」に姿を見せなくなって、十日以上になった。
事務員の水巻ユカリは不安になり、夏井に電話をする。頼れるのは夏井以外に考えられなかった。
水巻ユカリの電話で夏井は出雲に駆けつける。
谷原は、いちど破産した人間。債鬼に追われ山陰の地に雲隠れし、地獄をのぞいた男だ。
カネの為に人間が変わったとしてもおかしくない夏井の「麓の大将」の言葉を借りての戒めも効果が薄かったのか...
夏井は、水巻ユカリを同行して谷原のアパートへ。最後に土地の買収交渉をしていたであろう、大沼乙一にも会う。
大沼からテストコースの件に谷原が興味を持っていたことを聞く。夏井はテストコースの建設現場へ出向く。
そこで板垣に会うことを思いつく。夏井は板垣貞夫氏に会った。

梅井規久子(ウメイキクコ)こと、R大学の文学部助教授が出雲に現れる。
アークスタイヤ松江支社の川路が米子空港へ迎えに行く。「アークスタイヤ」の代理店会の講演
民俗学雑話「日本の昔ばなし」を演題とした。参加者はガソリンスタンドの経営者。
※これはまさに「Dの複合」ではないか
梅井喜久子は講演前の空き時間で「霊仙寺」を拝観したいという。前に一度拝観に来たことがあるという。
霊仙寺は、テストコース建設のため移転していた。川路の案内で「霊仙寺」へ向かう。
>「おかしいですね」
>「は?」
>「五輪塔の数が一つ多いんです」
>「一つ多い?」
>「わたくしが一月にお墓台の霊仙寺を訪れたとき、五輪塔は全部で五十二ありました。
>ところが、いま数えましたら五十三あります」

「計算狂」の梅井喜久子の本領が発揮される。移転のどさくさで減ることがあっても増えるとは...
この場所は、大内、尼子、毛利の戦いの古戦場で「山中鹿之助」の活躍した場所、古びた五輪塔は至る所にある。
他の場所から持ってきても区別が付かない。
梅井喜久子は、課長の川路に増えた五輪塔の理由を調べてもらう。「断魚荘」へ宿泊するから、電話で連絡を依頼。
梅井喜久子は、「断魚荘」のアキ子から画家の矢部こと、豊国エージェントの谷原泰夫が行方不明であることを聞く。
翌朝、川路から電話があったが、増えた五輪塔の謎は不明だった。

出雲署へR大学の文学部助教授の梅井喜久子から手紙が届く。
谷原泰夫の失踪と五輪塔の増えたことを結びつける内容だった。
捜査員は増えたとおぼしき五輪塔の下を掘った。谷原泰夫の絞殺死体が出てきた。

これから後はネタバレになる。が、およそ想像出来る範囲ではある。以下省略と言うことで...
ただ、谷原泰夫がなぜ殺されなければならなかったかの詳しい記述は無い。

登場人物が至る所で関係してくる。「断魚荘」を舞台に板垣・谷原(矢部)・梅井喜久子・守屋豊一郎・和田修造
上野吉男・夏井武二...みんなからんでくる。
そんな中で、守屋豊一郎の存在が途中から消える。石見銀山の観光開発も頓挫するのか?
やはり「砂の器」を連想する。主人公が目まぐるしく変わるのも共通している。

この小説には清張の博識、興味が至る所にちりばめられている感じがする。
舞台も清張得意の山陰で民俗学・考古学・音楽等々...
作品的にも「Dの複合」「砂の器」「山中鹿之助」「」など...特に「砂の器」「Dの複合」との共通点を感じた。


【数の風景】豆事典
※十六島(うっぷるい)は島根県出雲市の地名。旧平田市。十六島海苔(岩海苔の一種)で有名。
出雲市十六町の海岸に突出した岬で、大岩石や奇岩が林立し、山陰でも屈指の海岸美を呈している

一畑寺
一畑寺(いちばたじ)は、島根県出雲市小境町にある仏教寺院。宗派は臨済宗妙心寺派

鰐淵寺
鰐淵寺(がくえんじ)は、島根県出雲市別所町にある天台宗の寺院。山号は浮浪山。
中国観音霊場第25番札所、出雲観音霊場第3番札所、出雲國神仏霊場第2番札所。開山は智春上人、本尊は千手観世音菩薩と薬師如来の二体。

閒部
龍源寺間歩は、世界遺産・石見銀山遺跡の中で唯一、常時公開されている坑道。(「間歩」とは鉱山の掘り口のこと。)
龍源寺間歩は正徳5年の開発で、他に永久、大久保、新切、新横相間歩とともに代官所の直営で「五か山」と呼ばれていた。
江戸時代の開掘の長さは600mに及んでおり、大久保間歩についでの大坑道で良質の銀鉱石が多く掘り出された。
閉山したのは昭和18年といわれ、228年間も間歩の開発が行われた。
間歩の壁面には当時のノミの跡がそのまま残っており、また排水のため垂直に100mも掘られた竪坑も見ることができ、石見銀山絵巻等の展示もある。

松江城の「濠端沿い」に、『緑の宿北堀』と言う名の料理旅館があった。
ホームページで見ると、いかにも小説に登場しそうな、趣のある旅館だ。

※皆生温泉
城下町米子の郊外、美保湾を臨む白砂青松の浜が美しい山陰の代表的な温泉。

※麓の大将




2019年8月21日 記

登場人物

板垣 貞夫 守谷豊一郎の依頼で石見銀山の観光開発の調査を引き受ける。自動車会社のテストコースの建設にも関わる。
土木建築関係の設計士(25センチのゴム長/意外に小さい足)
梅井 喜久子 板垣と谷原からは、カノチエ帽の女:34,5歳 1メートル64、5個性的な顔で眼が魅力的。R大学の助教授。民俗学専攻。
守屋 豊一郎 石見銀山観光開発の調査を板垣に依頼した太田市の有志。採石工場の経営。上野吉男の元妻芳子は妹。
谷原 泰夫
(矢部久一)
実質的には主人公。矢部久一と名乗り、画家を詐称。本名谷原泰夫。
四十七歳。不動産業、出版社の経営を破綻させ、債権の取り立てを避けるため逃走中。四十七歳。(読みは、ヤハラとする)。
上野 吉男 上野吉男:日本海運輸の経営者。元妻は守屋豊一郎の妹。元妻(芳子)を殺害か?
  再婚した今の妻は京都の木屋町のクラブのママ。原田源之助の妹(愛子)。芳子・愛子とも未入籍。 
和田 修造 守屋豊一郎の部下。「断魚荘」の若女将アキ子に気がある。上野吉男に通じている。 
アキ子 宿(断魚荘)の嫁。ポニーテールで、セーターにスラックス。亭主持ち、亭主は大阪に修行に行っている。名字が不明
芳子(守屋芳子)  上野吉男の元妻。守屋豊一郎の妹。男が出来て、東京に出奔した。吉野が妻と死別後後妻となるが未入籍
原田 源之助   西伯地下資源株式会社の社長。本社は京都。会社は上野吉男のダミー会社。妹が上野の妻
愛子(原田愛子) 上野吉男の妻。原田源之助、(「西伯地下資源株式会社」の社長)の妹。
夏井 武二  谷原の経営していた出版社の編集長。鹿児島県出身。四十五歳。奥さんが病身。
水巻 ユカリ  谷原泰夫が造った事務所の事務員とし雇われる。高校を卒業したばかり。恋人(写真店のの店員)がいる。
杉尾 静子  谷原泰夫の経営していた出版社の社員。クラシック好きの女
大沼 乙一  米子の地主。六十三歳。谷原は工場誘致の話聞く。
米田 五郎  鉄塔の地権者。谷原は米田から、高圧送電線の鉄塔(タワー)間の土地、幅十六メートル長さ十キロを買う。
 大沼 賢一 電量会社の松江支店長。でっぷりとした体格、押し出しがいい。耳のあたりに白いものがまじっている。 
 佐伯 修市 電力会社の工務所所長。厚い縁なしメガネ、きれいに撫でつけた光る頭。 

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