紹介作品 No_052  【黒い福音


紹介No 052

【黒い福音】 〔週刊コウロン〕 1959年11月3日号

東京の北郊を西に走る或る私鉄は二つの起点をもっている。この二つの線は、或る距離をおいて、ほぼ並行して、武蔵野を走っている。 (株)文藝春秋●初版1972/02/20より

複雑な話しではない。
登場人物も善人悪人がはっきりしている。一人を除いて、救いようのない神父達
私腹を肥やしていないことが神に背く悪と考えなかった。懺悔の値打ちもないと言うことだ。
洗脳されているかのような信者達。
人物描写も丁寧でくどいほど書かれている。
実際の事件を小説として書くことにより真相に迫っているのであろうか?
問題は時代背景なのである。
善意によって集まってくる物資を横流しして儲ける奴ら。
それも「神」の名の下に悪事に手を染める教会、神父達。
それらを操る貿易商、大悪人、小悪人が「たかが女一人」の命を奪うことで逃げ延びる
後味の悪い結末は清張の真骨頂である。

二部構成である。
一部は生田世津子が殺されるまで。教会、神父の堕落が徹底的に描き出されている。
二部は捜査が教会へ、神父へせまる。

腐敗しきった教会内部の事情が江原ヤス子とルネ・ビリエ神父を通じて描かれる。
シャルル・トルベックの登場で堕落した神父達の行動が際だつ。
トルベックの女漁りは坂口、斉藤、生田と続く。
トルベックと生田世津子の関係は聖職者として神を裏切る行為としての恋愛関係だけには留まらない。
日本語が苦手なトルベックの「
よろしい?」は神を裏切り魂を売る言葉なのか?

黒幕であるS・ランキャスター(貿易商)の
われわれは鳩がほしい!の一言で
トルベックと生田世津子の関係は殺人者と被害者の関係に発展する。

殺人者トルベックにせまる捜査陣や新聞社
教会の存亡を掛けて対抗するグリエルモ教会と神父達、そして、ランキャスター。

あらすじは省略する。登場人物を見てみよう。

●江原ヤス子(ビリエ神父の愛人)
【ヤス子はグリエルモ教会の恩人とも言える、彼女は協会内でその地位を上げていく】
三十七、八歳くらいにみえた。
小肥りの体格で、薄い眉と、切れ長な一重瞼の眼と、肥えた鼻と、厚い唇とを
持っている。決して美人ではないが、醜い顔でもない。小肥りだから、
肉感的な方である。笑うと、けたたましい声を出す。
ヤス子の母は言った。
「この児は容貌(きりょう)が悪いよって、学問か、芸ごとなとさせて、身を立てるようにさせなぁあかん」

●生田世津子(トルベック神父の恋人/恋人と呼ぶに相応しいのか?)
若い日本の女性。細い身体...美しい横顔...匂い立つ身体...

●シャルル・トルベック(神父:グリエルモ教会/生田世津子の恋人)〈ゴルジ神父の?〉
【詳しい記述はないが、ゴルジ神父との関係がほのめかされている】
【母国に貧しい家族が居る。父は大工:密入国の過去を持つ】
二十二、三歳の青年。
彼は亜麻色の髪と、碧色の眼をしていた。
彫りの深い男性的な顔をしている。
蒼い眼は穏やかに澄んでいた。髪は、外国映画俳優のように格好よく縮れていた。

●ルネ・ビリエ(神父:グリエルモ教会/江原ヤス子と愛人関係)
彼は痩せていて、長身で、赭ら顔していた。
頭が禿げていて、耳のうしろから後頭部にかけて朽ち葉色の髪が長く残っている。
西洋人の年齢は、日本人には見当が付かないが、五十二、三歳くらいではないかと
思われる。
ビリエ神父はかなりの学識を持っていた。
聖書や詩を翻訳するくらい教養があったし、日本のむずかしい
哲学書を読みこなすと云い触らして信じさせるほど学問がありそうであった。

●フェルディナン・マルタン(神父:パジリオ会の管区長)
肥えた五十六歳の赭ら顔の権威者であった。

●アルフォンソ・ゴルジ(神父/渋谷の教会:赤い顎髭)
●パオロ・マルコーニ(神父/会計係:小肥り、血色がいい)
●ミシェル・アミエ(神父/経営する学園...)
●アルベルト・ピサーノ(神父/印刷工場)
●エンリコ・ブラマンテ(神父)

●ジョセフ(神父)
【教会内の良心的存在/朝鮮に左遷される】
顔色の悪い。病み上がりのように疲れた顔をした...

●S・ランキャスター(貿易商)
【トルベックのイトコとして登場、生田世津子にも牙をむく】
【トルベックに、生田世津子の殺害を命令する。最悪の登場人物?】
三十五、六とも見えた。
貿易商らしく機敏な動作だったが、瞳(め)が絶えず動いていた。
例えば、話しをしていても、何かの音を聴くと、電光のようにそれへ走った。
トルベックより老けていて、もっとがっしりした大きな体格だった。

●岡村正一
【砂糖の横流しを警察に密告、なぜか最後には教会に深く関わる】
ずんぐりした男は、三十五、六歳くらいの赭ら顔だったが
、眉の間に深い皺を作り、むずかしい顔をしている。
サツに密告
後に
旭産業の社長、工場は江東区
主として
軽金属をやっていた。
「岡村という男はね、バジリオ会の信者なんだ。以前にM署で、あの教会の闇砂糖が
引っ掛かったことがある。その時の問屋が岡村だ」
「...表向きは小さな工場を経営していることになっているが、実は、教会と
結託して麻薬を主に扱っているよ。現在では、もう、ちょっとしたボスだよ」

●田島喜太郎
痩せて背の高い日本人
田島という若い男は不満そうに口を閉じた。
●住吉
教会の雇われ人。薄給のはずが、贅沢な生活。
三十四、五歳くらいの、額の広い、痩せた男。

●江藤一郎
●山口房夫

●大学生
江原ヤス子の隣に住む

●坂口良子(二十二、三歳)
●齊藤幸子
ずんぐりとして背が低い。細い眼をし、低い鼻と厚い唇を持っていた。

●中村夫人(高官夫人)
【夫婦で、グリエルモ教会の信者、教会の裏工作に手を貸す】
色が白く、鶴のように痩せて典雅である。
夫人は、日本における司法行政の最高地位に近い官吏を夫に持っていた。

●タカヤマ夫人

●藤沢六郎(部長刑事)
すでに頭の薄い四十過ぎの男。四十二歳である。捜査一課(殺人)の刑事
この仕事に携わってすでに二十年だった。
かれはこれまで、数々の事件に殊勲を立てていた。
頭髪の前が少し薄い、頬骨の尖った。目つきの鋭い刑事...
赭ら顔で、鼻梁が高い。落ち窪んだ眼窩に眼が鋭かった。
頬がこけているが、この精悍な顔つきが被疑者にどれだけ畏怖を与えるか分からなかった。

●市村(刑事)
まだ若かった。独身で三十歳だった。地元の久良署に所属

●久恒忠次朗(刑事)
●住吉刑事
●井出刑事課長
●小林巡査部長

●斉藤秀夫警部
●青山刑事部長
小肥りの男で。眼鏡を掛けている。「総監室に行ってくる」総監室で全てを知ることになる
●新田捜査一課長
●総監
総監の眼は眠たげだった。昔からシナの貴婦人に似ていると云われているその面貌は
さらに茫洋とした表情になった。

●佐野(S新聞社の社会部記者)
●山口(S新聞社の社会部記者)

なぜかアルファベットの地名、固有名詞が沢山出ます。
以下、揚げてみました。がない、もれかも?

近畿の
市へ落ちついた。 女子高等師範学校
近くには国電
駅があり...
駅と久良の町を結ぶ道路が、この川を渡っている。橋のほとりに八幡神社があった。
電報局
大病院へ廻った
「あれは
社ですね」(新聞社)
署には、まだ記録が残っているかも分かりませんよ」
新聞社(佐野、山口)
新聞社
道路(久良署のそば)
電報局
都内


新聞社(スチュワ−デス事件をすっぱ抜く)
元公爵(西園寺公望(サイオンジキンモチ))
××町あたりが考えられる。(なぜか××)

【実在の場所に当てはめてみたが、あまり意味はなさそうだ】
玄伯寺川:善福寺川
久良:高井戸
池:善福寺池
駅:荻窪
駅:三鷹
道路:新青梅街道?千川通り?
病院:久我山病院

女の膣内に残された精液からOのMNの血液型が検出された。
警察は、生田世津子の膣内に残された精液とトルベック神父の血液型の照合に苦慮する
警察に対抗するトルベックは一滴の水も飲まず、一滴の尿も排泄せず病院に「入院」

さて、事件は教会の徹底した抵抗にあい終わる。
>事件はトルベック神父の帰国ですべては消失した。
教会の政治的工作が実を結びトルベックは出国できる。
警察は一定の収穫と引き替えに決着を図った。?
>日本警察機関のこれらについての世界的賞賛は、あくまで蔭の部分である。
>スチュワーデス殺し事件に敗衄(ハイジク)した記録は、表の面では
>未来永劫に消え去らないのだ。


★いくつかの些細な疑問★
「黒い福音」は登場人物に詳しい描写があり、名前が付けられています。
ただ、岡村正一の隠れ家(世津子の軟禁場所)に同居する「女」の名前がありません。
少し品の良さそうな描き方ですが、名前がありません。松茸の缶詰を買う女です。
大学生にも名前がない。
岡村の職業が「
軽金属をやっていた。」となっているがこれは少々おかしい
普通、軽金属をやっていたとは言わない。「軽金属の加工」とか「部品の加工」とか
もう少し具体的に言うと思う。
また、「住吉」の名が二人、一人は刑事、もう一人は信者。
同名にする必要はないのでは。
藤沢六郎(部長刑事)と新聞記者佐野の関係。
口の利き方は佐野の方が年上に聞こえる。が、不自然だ。「あんた、こんな話、とびつかないのかい?」
なぜか、佐野の風貌に関する記述がない。

不思議な読後感だった。
「推理」する場面がないのだ。ヒョッとしたら生田世津子はランキャスターか岡村正一にでも殺されるのか
と考えたが、トルベックだった。何のひねりもない。
世津子が軟禁され、犯されるが、岡村が犯人かと思えばランキャスターだった。
壮絶な場面なのだが「黒地の絵」の場面を思い出した。
巨大な風が彼女を叩きつけ、滅茶苦茶にした。その男はせせら嗤って、....。』
「黒地の絵」では
一時間近い暴風が過ぎた。』と表現されている。
第二第三のジョセフ神父は登場しない、隔絶された宗教団体の内側は「O無真理教」「IK学会」を
想起させる
出国する江原ヤス子も、生田世津子と同じ運命をたどるのか...。「神父」の聖職服の内側に狂気が潜んでいる。出国するトルベックの一段と愛嬌のある顔...が恐ろしい。
読者の怒りは、何処に向けられるべきなのだろうか?
根っこは
《日本人が、その矮小な背丈のように、一段と低い民族と見えていたようであった。....
...愛嬌を振りまく神父の表情からは窺うことのできない別な傲り高い意識が、その内側にかくされているともみえた。》
であり、彼らの意識を増長させる日本人信者、そして権力と結びついた教会が
「たかが女一人」の命を闇に葬ったのである。
冒頭に清張の真骨頂と書いたが、この読後感が清張ワールドなのか!

『善意によって集まってくる物資を横流しして儲ける奴ら』
と書きながら、あの東日本大震災に集まった支援物資はその目的の為に使われたのだろうか?
ふと頭をよぎった。

2013年1月5日 記

追記
6日になって「スチュワーデス殺し」論
改題「スチュワーデス殺し事件)を読みました。
以前読んだことはありますが、内容は忘却の彼方でした。
現場が大宮八幡宮付近であり、井草八幡宮当たりを想定していたので少し違いました。
S道路は「水道道路」(井の頭通り)のようです。場所を環八付近と考えていましたが、環八と環七の中間
地点と言っても良いでしょう。高井戸署も現在は環八の外側(吉祥寺より)にあります。
元公爵(西園寺公望(サイオンジキンモチ))としましたが、近衛公爵でした。
西園寺公爵の別邸は静岡県清水でした。が、
入江達郎邸を公爵近衛文麿が買い取って別荘とした。
元老西園寺公望が「荻外荘(てきがいそう)]と名付けた。場所は現在の荻窪二丁目四十三番。
と言うことで西園寺公爵と関係なくもなかった。

特筆すべきは、生田世津子(実際の被害者:武川知子)の描写です。
とにかく、「スチュワーデス殺し」論
改題「スチュワーデス殺し事件)を一読されることをお薦め致します。

2013年1月6日 追記

登場人物

トルベック シャルル・トルベック。二十二、三歳の青年。亜麻色の髪と、碧色の眼をしていた。神父
生田 世津子 若い日本の女性。細い身体。トルベックの恋人?。スチュワーデス
ランキャスター S・ランキャスター。貿易商。教会と結託する闇の世界のフイックサー。三十五、六歳
江原 ヤス子 三十七、八歳。小肥りの体格、薄い眉、切れ長な一重瞼の眼、肥えた鼻と、厚い唇。
ルネ・ビリエ 痩せていて、長身で、赭ら顔。頭が禿げていてる。五十二、三歳。日本語が堪能。神父
マルタン フェルディナン・マルタン。管区長。肥えた五十六歳の赭ら顔の権威者。
ゴルジ アルフォンソ・ゴルジ。渋谷教会の神父。
ジョセフ 神父。顔色の悪い。病み上がりのように...グリエルモ教会の良心。左遷される。
中村夫人 高官夫人。色が白く、鶴のように痩せて典雅である。官吏を夫に持っていた。信者
岡村 正一 ずんぐりした男、三十五、六歳くらいの赭ら顔。密告、逃亡後、社長として復活。
藤沢 六郎 部長刑事。頭の薄い四十過ぎの男(四十二歳)捜査一課(殺人)の刑事。ロクサン
佐野 S新聞社の記者。

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