紹介作品 No_049  【いびき】


紹介No 049

【いびき】 〔オール讀物〕 1956年10月号

上州無宿の小幡の仙太は賭博の上の争いから過って人を殺して、捕縛された。彼はその日から人知れず異常な恐怖に襲われた。松本清張全集 36 地方紙を買う女・短編2(株)文藝春秋●初版1973/02/20より

>六尺近い大男で、二十八の壮齢である。力も強ければ度胸もある。
>その男が何を恐れたか。鼾である。
小幡の仙太は人一倍の鼾かきであった。

蛇足的研究でも書いたが

1月2日に腸閉塞で緊急入院した。
病室で「松本清張事典」(勉誠出版)を見ながら「いびき」を思い出した。
4人部屋、一人いびきの大きな人がいた。
同室の者が、苦言を呈するほどではなかったが、なかなか寝付けなかった。
旅先でも鼾かきと同部屋になる事は敬遠されがちである。偶然だが身近に体験してしまった。
時代物の中で「いびき」はどんな展開を見せるのだろうか...


寝た後の出来事、自身ではどうする事も出来ない。

初めは同じ部屋の者に謝っていたが、生理現象であり自分ではどうする事も出来ない事を知ると遠慮が

無くなった。

「おう、俺は鼾かきだからな、煩せえと思う奴は、どこかに逃げてくれ」

賭場で仲間と雑魚寝する時は、宣言してから寝るのであった。
鼾かきほど寝付きがよい。

仲間に忠告される仙太。
娑婆にいる間は泰平だが牢に入ったら無事では済まされない。
「鼾で三年も出牢が延びるとでもいうのかえ?」
「三年ぐれいのことじゃねえ。生命にかかわるぜ」

忠告は続く。
食う事と寝る事が楽しみな囚人は、眠りを妨げる同牢の囚人を殺す事は珍しくない。
ましては1人でも減ればそれだけ手足が伸ばせる。

この忠告は仙太に恐怖を持たせる。

仙太の恐れは案外早くやってくる。賭博打ちを1人殺してしまった。
奉行所の判決で三宅島へ遠島になる。島へ舟が出るのは春秋の2回。
伝馬町の大牢送りになる。
入牢時の描写が面白い。芝居を見ているようだ。が、読んでの楽しみ。
鼾をかかない為に浅い眠りで我慢する仙太。
新入りの若者が入ってきた。三度目の入牢で態度のでかい二十三、四の男であった。
この男が鼾かきである。仙太は好奇心の目でこの男を見る。
>その若者が四,五人の同囚の手によって息の根を絶たれたのを仙太が見たのは三晩目である。
その一部始終を見届けた仙太は慄え上がった。
仙太は伊豆七島へ遠島になる。これで安心、蒼い顔をしてしょげている遠島の舟の中でも、仙太だけは
血色が良かった。

真面目に働いた仙太は名主から女房を持つ事を勧められる。水くみ女、「おみよ」と言った。
鼾かきを宣言して、嫌なら逃げろと言ったが、おみよは逃げもせず仙太と暮らしはじめた。
平和な日々の中にとんでもない計画が進んでいた。

仁蔵から島抜けの話を持ちかけられる。嫌とは言わせない口調で迫られる。
仙太には島抜けする意志は少しもなかった。仙太に尽くすおみよにも未練があった。
それにまもなく赦免になる。

仁蔵の魔術にかかったのか、うらはらな返事をして、仲間に加わる。
島抜けは十六人。島抜けは失敗する。十三人は射殺されたり海に飛び込んだり。
他愛なく計画はつぶれてしまう。

仁蔵と仙太と安。三人で逃げる。野宿になる。鼾を仁蔵に咎められる。
それから四晩、逃げ回る三人。鼾を咎められる仙太。安からも殴られる始末である。

眠い、ねむい、ねむくて仕方なかった。
意識のもうろうとする中

「こっちの身が危え、殺してしまうか」仁蔵と安の声がする。

仙太は伝馬町の牢獄で殺された若者を思い出す。

ふらふらと立ち上がって棍棒を二人に振り下ろす!

>仙太は棍棒を投げると、大の字に転がった。ねむい。ねむい。やっと眠れる!
>解放された高い鼾が、そのあとに起こった。


清張の時代物は面白い。
以前に紹介した作品(怖妻の棺.疵.左の腕)のすべてが楽しめる作品だ。
最近は少ないが時代物の映画やテレビドラマとして映像化できないものだろうか?



2011年4月10日 記

登場人物

仙太 小幡の仙太。六尺近い大男で、二十八の壮齢である。力も強ければ度胸もある。
四郎兵衛 名主。仙太に女房を世話する。よく働く仙太に目をかける。 
おみよ 仙太の女房になる水くみ女。ひたむきに仙太に尽くす。情熱的な女。
仁蔵 蟹の仁蔵。島抜けの首謀者。のっぴき云わせぬ魔術と雰囲気を持つ男
仁蔵の手下。島抜け最後まで残る。逃亡中に仙太の鼾に殺意を持つ。
若者 伝馬町の大牢で仙太と同牢。三度目の入牢で態度のでかい二十三、四の男。殺される。

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