紹介No 034
【葦の浮船】1959年12月 〔別冊文藝春秋〕
団塊の世代に送るレクイエム?
清張の小説にしては珍しく(実際にはそんなに珍しくはない)殺人もない。愛人も登場しない。
登場人物も、男ばかりである。(唯一、滝村源太に女があった記述がある)
「社人会」なる集まりは、高度経済成長期にみられた残骸であろう。
今でも、こんな集まりを催している会社はないだろう。
「蛇足的研究」で、『波津良太は、何の目的でこの会場に来たのだろうか、ある決意が感じられる。』
と書いたが、予想の内容と全く違った。
事件は一切起きない。
主人公の波津良太(ナミヅリョウタ)の心模様が主題である。
定年後の手持ちぶさたが「社人会」に出席させる。
それも、参加者の増減(死亡や定年退職者の参加)が興味の中心である。
会社を定年退職した後も、かつてのライバルや同僚、部下の動向が気になる、どこまでも会社人間である。
かつての部下であった淵上欽一が、経理部長になっているのを目のあたりにして時代の変化を感じ取る。
土産物をしっかりもらって小石泰一と会場を出てタクシーで銀座に向かう。
銀座行きに気の進まない小石泰一は途中で降りる。
波津は東銀座に向かう。それは滝村源太に会うためだ。
滝村は課長でR物産を退職した、そのため「社人会」の参加資格がない。
波津の滝村に会う目的は
>滝村なら喜んでついて来て、見え透いたお世辞をなべるだろうが、
>波津が、いちばん欲しいのは、そのお世辞であった
滝村はすでに帰宅していた。
あてもなく銀座をぶらぶら歩いた波津は、いつしか東京駅近くに来ていた。
彼の目の前には、彼がかつて勤めていた「R物産」の巨大なビルがそびえ立っていた。
引用が長くなるので、最後の2行に止める。
>闇夜にくっきりと綺麗な色で浮き出ている自分の半生を勤めたこの建物が、なにか妖性に見えた。
>彼は駅の方へ走り出した。
土産ものとタクシーがキーワードとして使われている。
>小石は土産ものを大事そうに抱えて見送った。
>かなり重い土産ものが邪魔になる。毎年の例で、羊羹函と湯飲みを詰めた函が重ねてあるに
>違いなかった。湯飲みは、ひびが入ってもいい覚悟で、無法に振って歩いた。
>波津良太は、タクシーの運転手に賃金を払って降りるのが恥ずかしくなった。
>自家用車を待っているのは景気のいい連中だった
私は
主人公の波津良太に同意も共感もない。あるのは、哀れみである。
「社蓄」という言葉を思い出す。巨大な建物は「社蓄」を栄養にますます肥大化する。
建物から排出されるのは、栄養を吸い取られた「社蓄」の殻。それは「いきものの殻」なのである。
2007年6月17日 記 |
登場人物
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波津 良太 |
主人公。R物産(株)の元総務部長。会社人間 |
小石 泰一 |
波津良太の元部下。元次長 |
佐久間 喜介 |
波津良太のライバルだった。定年になって「社人会」に出席する。元業務局長 |
広田 |
佐久間喜介との出世争いに勝ち、重役になる。波津にとっては部が違うので興味外 |
淵上 欽一 |
R物産(株)の経理部長。波津良太の元部下。 |
滝村 源太 |
波津良太の元部下。銀座の小さな会社の嘱託。課長だった為「社人会」に参加できず |
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