紹介No 008
【余生の幅】1966年 「文藝春秋」
壮絶な結末である。救いのない結末。清張はこの小説で何が言いたかったのか?
本妻と妾。「妾」というほど気楽な存在でもない。
私には、普通の小説なら登場人物の本妻と妾は逆の立場で登場してくるのではと思う。
妾である広瀬兼子はおとなしい、受動的な女として描かれている。
反対に本妻の梅子はいかにも嫌みな女で憎たらしい存在である。
今風に言えば不倫に対する警告か?
法律的に言えば「最強」の存在である本妻の強さをこれまでかと描き出している。
見方を変えれば、男の身勝手。それに気づかない女の愚かさ。
最後は、誰にもやってくる老後の不安が、現実のものとなり、残酷な現実としてやってくる。
妾である「兼子」は、本妻の「梅子」が出たあと「文吉」が六十一歳で脳軟化症で倒れ、
七十歳近くになって死ぬまでみとる。
本妻との離婚も「兼子」が思いとどまらせる。
このあたりの「兼子」の考え方は、時代背景もあってか、少しお人好しである。
病床の「文吉」の問「なあ、兼子。おまえ、おれが死んだらどうする?」に、
>「あなたが死んだらわたしもすぐ追いかけて死にますわ。」
>あなたが居なくなってからはわたしも生きてゆく自信がないもの。
>いまさら後妻にいく気持ちもないわ」と、答えた。
彼女の余生は「文吉」の死後どれだけの幅かが決まったのである。
病床に伏せる「文吉」から財産を取り上げた「梅子」は、「兼子」の前に君臨する。
「兼子」の壮絶な余生が始まる。
>それからも厠のなかに這いつくばってごそごそと紙で便器のまわりを拭いている
>兼子のよろよろした同じ姿を梅子は何度も見るようになった。
この2行が結末である。
余談だがこの小説の中に「忖度」という言葉が出てくる。少し前に話題になった言葉である。
2002年03月29日 記 |
登場人物
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菅沼 文吉 |
地方都市の資産家 |
菅沼 梅子 |
菅沼文吉の本妻 |
広瀬 兼子 |
菅沼文吉の妾。21歳の時36歳の文吉と知り合う |
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