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松本清張_足袋 隠花の飾り(改題)(第一話)

(原題=清張短編新集)

No_0134

題名 隠花の飾り 第一話 足袋
読み インカノカザリ ダイ01ワ タビ
原題/改題/副題/備考 【清張短編新集】第一話として発表
シリーズ名=隠花の飾り
(原題=清張短編新集) 
●全11話=隠花の飾り(11話)
 
1.足袋(1134)
 2.狗
(改題=愛犬)(1135)
 3.
北の火箭(1136)
 4.
見送って
 5.
誤訳
 6.
百円硬貨
 7お手玉
(1051)
 8.
記念に
 9.
箱根初詣で(1032)
10.
再春(1123)
11.
遺墨
● .
あとがき
本の題名 隠花の飾り【蔵書No0150】
出版社 (株)新潮社
本のサイズ A5(普通)
初版&購入版.年月日 1979/12/05●初版
価格 800
発表雑誌/発表場所 「小説新潮」
作品発表 年月日 1978年(昭和53年)8月号
コードNo 19780800-00000000
書き出し 津田京子は、某流の謡曲の師匠であった。大久保のマンションに居る。弟子をとって謡や仕舞いを教えていた。女弟子が多いが、男弟子もあった。弟子たちはほとんど初心者のころから習っているが、四年も五年もつづけているものも少なくなかった。京子は一週間に三回、午後と夜に稽古時間をつくっている。昼間はおもに女弟子、夜は勤め人や商店主の男弟子であった。三十八歳の、面長な、上背のある女だった。稽古の時間はもちろん和服だが、洋装も似合った。弟子に稽古をする以外週一回は、自分自身のために師匠の水野孝輔の稽古を受けに田園調布の家に行く。水野孝輔は家元に次ぐ某流の幹部で、六十三歳になる。彼女は二十年前に入門し、師匠の許可を得て七年前に初心者をおもに弟子をとるようになった。村井英男は四十二歳になる。ある商事会社の総務部長であった。三年前、その会社の女子社員たちのあいだに謡の同好会がつくられ、当時厚生部長だった彼が世話焼きをした。
あらすじ感想 書道教授」が思い出された。
「書道教授」は、紹介作品に取り上げていないが、テレビドラマで観たので印象に残っている。
「謡」をキーワードに作品を検索すると、「巨人の磯」・「絢爛たる流離(二話)/小町鼓」・「密宗律仙教」・「私説・日本合戦譚 第三話 山崎の戦」そして
『隠花の飾り 第一話 足袋』がヒットした。関連有りそうなのは、「絢爛たる流離(二話)/小町鼓」だけのようだ。

書道教授』は、主人公が映像の影響か、主演の杉本彩を通じての印象である。和服姿の美人といったお決まりのパターン化された印象である。
今回紹介する作品の『足袋』も、その意味で書き出しは同じイメージある。
それは、『絢爛たる流離(二話)/小町鼓』にも通じる。

主人公は、謡曲の師匠である津村京子。京子は、横浜の材木商の家に生まれ裕福な環境で育った。母の影響で謡曲を習い始めた。
学校を卒業後は小さな貿易会社に勤めていたこともあった。縁談もあったが断っているうちに、両親もあきらめた。うかうかと三十八歳になっていた。
京子の師匠は、水野孝輔。京子は父が買ってくれたマンションで一人暮らしをしていたが、遊んでいるわけにもいかず、師匠の了解を得て
初心者の弟子を取るようになった。その弟子の一人が村井英男。
村井英男は、妻子がある。妻は、英男より七歳年下。長男は高校生、妹が中学三年生。
村井英男と津村京子が師匠と弟子だけの関係でなくなったのは一年前からである。

二人は細心の注意を払い密会を重ねる。
他の弟子の手前もある。二人は必要以上と言ってもよいほどの警戒ぶりだった。

二人の寝物語に男女の関係が描写される。京子の過去の恋愛関係も告白がある。
>...これは四十一歳の村井をよろこばせるに充分だった。京子の床の熟練が性急に度を増し、厚顔無恥なほど乱れた。
>彼女は村井を得てから全身が掘り返されたように自分を失って狂奔した。その貪婪も回ごとにすすんだ。

京子は村井に逢うとき、和服で来ることがあった。それは謡曲の師匠である職業から醸し出される色気があり、なまめかしかった。
和服姿で白足袋の彼女が、明かりを落とした薄暗い部屋で足袋を脱ぐ姿は村井を興奮させるに充分だった。
京子の足袋は、コハゼが五つの仕舞やや舞踊を専門にするもので、誂えたものらしい。

清張に言わせれば、睦言(清張は、密語と表現)は古来同じような言葉が繰り返されている。
割愛するが、このあたりの表現もなまめかしい。
清張作品に不足しているのは、「ユーモア」と「セックス描写」だと、何かの本で読んだ記憶がある。】しかし、なかなかのものである。

京子は、二人の仲を長続きさせるためにも、「無理をしないでゆきましょう」と言う。弟子達に対する配慮もあるのだろう。
二人の仲が知れれば京子の師匠としての立場は崩れ去るだろう。そして、村井の家庭への配慮でもあるのだろう。

ただ、村井は追い立てられるように京子と逢うことが物足りなくなっていた。京子とて同じであったが自重した。

一年続くと二人にも警戒心が緩んだ。
慣れの油断から事実が綻び出た。

>ある晩、会社の仕事で村井が遅く家に戻ると、血相を変えて待っていた泰子に詰め寄られた。相手が津田京子だということも泰子に分かっていた。

ばれた原因というか、物的証拠が少々物足りない。
縁のない方向の喫茶店のマッチ。
二人分の会計を明記したレストランの領収書
池袋界隈のホテルのマッチ。
警戒心の薄れた結果か、余りにもお粗末な、証拠品と言える。ありふれた物ばかりだ.。
女をつくるならこの程度の物は始末をしておけと、言いたくなる。
しかし、京子の名前が知れていたことは村井を脅かせるに充分だった。

村井の浮気の事実を知った妻の泰子の狂乱ぶりが、妙に冷めて書かれている。
>泰子は狂乱し夫を力いっぱい殴り、獣のような声で泣き喚いた。謡の女師匠とそうなっているとは夢にも知らなかった。私は欺されていた。
>その女師匠は男たらしに違いない、それにひかっかかったあんたもあんただ、あんまりひどい、と嗚咽の間にとぎれとぎれに罵った。
こういう際の言葉もたいてい同じである。

妻の泰子に京子の名前が知れたのは、京子の弟子の女からの密告だった。
細心の注意をしていたはずの二人だったが、他人の眼は見逃さなかった。特に同性の眼は油断なく観察をしていたのであった。

二人の仲は破綻に向かってすすむ。

妻の追及に、京子とすぐに別れるとも言明しなかったが、村井は別れざるを得ない予感を持っていた。
幾分落ち着いてきたとは言え、妻の泰子は睡眠薬を多量に呑んだり、外出しては遅くなっても帰らないとか、子供達にも影響が出ていた。
村井も家の中ではやりきれない生活が続いた。
村井と京子の仲もハッキリと切れたわけでは無かった。
しかし、さすがに村井も京子の所へ謡の稽古に行くことは辛くなった。密告した女弟子もいる。二人の仲は興味津々で眺められているに違いなかった。

村井は、京子に二人の仲が妻の泰子に知れたことを伝えた。彼女の反応は意外だった。
村井の家庭の状況を知っているように思えた。女弟子達にでも耳打ちされたのだろうか。暗い声で、近いうちに一度会いたいと言う返事だった。

そんな折に、瀬戸山と名乗る男から電話があった。津田京子さんのことでお目に掛かりたいというのだ。
ホテルのロビーで会う約束をさせられる。村井は会わざるを得なかった。

和服姿でホテルに現れた男は、瀬戸山定一と名乗った。某流謡曲の師範の名刺を出した。額の禿げ上がった、五十過ぎの男だった。
瀬戸山定一は、水野孝輔の高弟だと言った。さらに続けて、津田京子は水野先生が将来を期待してとくべつ面倒を見ている愛弟子ですと言った。
早い話、京子は水野孝輔の女だったのだ。
村井は合点がいった。京子は、最近村井の誘いに何かと理由を付けて会おうとしない。
瀬戸山の話では、女弟子からの密告が水野にもあったらしい。全てを水野が知ることになった。
でも、水野孝輔は京子に激怒して咎めるのでは無く、京子にも何も知らせていないと言うことらしい。
水野孝輔は、年寄りだ、京子にも未練が充分ある。このまま京子を自分のものにしておきたいのだ。だから破門などの心配は無い。
京子も大恩ある師匠を背くわけにはいかないと言っている。村井と別れると言っている。瀬戸山の話は概ねそんなことだった。
京子の村井とは別れるという話を聞いた、村井は憤然とした。憤然とすべき事情はお互い様の感じだが、男の身勝手とも言える。

瀬戸山の提案で、村井は京子と会うことになった。その場で京子は、こうなった以上、二人の仲は清算しましょうとハッキリ言った。
さすがに村井も不愉快だった。村井は京子と二人だけで会うことを望んだが瀬戸山の反対もあり実現しなかった。
瀬戸山を立会人にしての話し合いは十分程度で終わった。

それから、一ヶ月ほどして京子から村井に電話があった。
>別れ話をきめてもう一ヶ月で会ってくれと電話をかけてくるのは、京子はもはや二度と淡泊の身体にもどることができなくなったからだろう。
>彼女が馴れてきている性は、長年つきあっている水野孝輔ではなく、ほんの一年間だけの村井の身体であった

村井は、自分勝手で男の身勝手さに気づいていないのだろう。
ここまでの話は、ごくありふれた男女の、それも囲われの身である女を、知らずに好きになり抜き差しならなくなった妻子持ちの男の話であり
テレビドラマにもってこいの作品とでも言えよう。明らかに男の目線で書かれている。女の気持ちが本人の口からは殆ど語られていない。

村井は京子の、「 とにかく一度会って下さい」との懇願の電話を拒絶する。
手紙が届く。気の毒に思う反面、村井は破滅の淵を歩いている自分を自覚する。おそらく電話もあるだろう、怖じ気づいている村井。
一週間くらい何も無かったが、その電話はかかった。「お手紙読んでいただけましたか」京子は弱々しい声で言った。
弱気になりそうな村井はその気持ちを振り切って最後の返事をした。
>「...もう、手紙も電話もよこさないでくれ、わざと冷淡さと憤りとを強めて言った。
京子の沈黙が続いたが、「お元気で」の涙声で電話は切れた。

村井の家に無言電話が掛かるようになる。
無言電話は一ヶ月くらいでやんだ。
夜遅く家の周りを徘徊する足音が聞こえる。靴の足音では無い、革草履の足音であった。
草履を履いた和服の女だった。
その徘徊も、和服の女が通りかかった警官に保護された話が近所で噂になったころからなくなった。足音も聞こえなくなった。
その執念深さには驚く。郵便受けに、左の片方だけの足袋が投函されていた。もちろんコハゼが五つ付いていた。

結末は救いようが無い。女の気持ちは、手紙に書かれていた。清張的な終わり方ではないように思った.
うらめしや、女の執念は...

清張作品には、したたかな女が数多く登場する。
蛇足で結末を変えてしまうと
>数年後、謡曲の発表会の案内が村井に届く。興味本位で出席した村井は驚く。京子が居たのだ!
>それは村井の見間違いで、水野孝輔の新しい女だった。京子によく似た、弟子の一人だった。その女が、密告したのだった。
それとも
>京子は再びのし上がった。
>水野孝輔亡き後、瀬戸山定一の女になった津田京子は、彼の後ろ盾で、多勢の弟子を得て、その流派では押しも押されもせぬ存在になっていた。
では、どうだろう。

村井英男は、以後平凡な人生を歩んだのだろうか?

2022年07月21日 記
作品分類 小説(短編/シリーズ) 16P×580=9280
検索キーワード 謡曲・師匠・弟子・五つのコハゼ・和服・高弟・師範・密告・徘徊・草履・左足の足袋・手紙・溺死体・玉川上水・女の執念
登場人物
津田京子 某流の謡曲の師匠。初心者の弟子をとって謡や仕舞いを教えていた。材木商を父に持ち裕福に暮らす。師匠の水野孝輔の女
三十八歳の、面長な、上背のある女。稽古の時間はもちろん和服だが、洋装も似合った。村井英男と男女の仲になる。
水野孝輔 家元に次ぐ謡曲の某流の幹部で、六十三歳になる。津田京子を愛人としていた。
京子に男(村井英男)が出来たが未練があり、瀬戸山定一を使って二人を別れさす。
村井英男 四十二歳。商事会社の総務部長。二人の子供がいる。会社の女子社員たちのあいだに謡の同好会がつくられ、彼が世話焼きをした。
津田京子の謡曲の稽古に通う。京子とは師匠と弟子だけの関係ではなくなる。最期は京子の気持ちを知りながら京子から逃げ出す。
村井泰子 村井英男の妻。津田京子の弟子の女から夫の不貞を密告される。京子の執念深さに翻弄される。夫とは元の鞘に収まるのか?
瀬戸山定一  水野孝輔の高弟。水野に頼まれたのか、津田京子と村井英男の別れ話の仲介をする。某流謡曲の師範。

足袋