松本清張_鉢植えを買う女  影の車(第七話)

〔(株)文藝春秋=松本清張全集1(1971/04/20):【影の車】第七話〕

No_1128

題名 影の車 第六話 田舎医師
読み カゲノクルマ ダイ06ワ イナカイシ
原題/改題/副題/備考 【重複】〔(株)角川書店=潜在光景(角川ホラー文庫)〕
●シリーズ名=影の車
●全8話
1.
確証〔(株)文藝春秋=松本清張全集1〕
  
確証〔(株)新潮社=黒地の絵 傑作短編集二〕
2.
万葉翡翠〔(株)文藝春秋=松本清張全集1〕
  
万葉翡翠〔(株)新潮社=駅路 傑作短編集六〕
3.
薄化粧の男〔(株)文藝春秋=松本清張全集1〕
  
薄化粧の男〔(株)新潮社=駅路 傑作短編集六〕
4.
潜在光景〔(株)文藝春秋=松本清張全集1〕
  
潜在光景〔(株)新潮社=共犯者〕
  
潜在光景〔(株)角川書店=潜在光景〕
5.
典雅な姉弟〔(株)文藝春秋=松本清張全集1〕
  
典雅な姉弟〔(株)新潮社=共犯者〕
6.
田舎医師〔(株)文藝春秋=松本清張全集1〕
  
田舎医師〔(株)新潮社=宮部みゆき選〕
7.鉢植えを買う女〔(株)文藝春秋=松本清張全集1〕
  
鉢植えを買う女〔(株)角川書店=潜在光景〕
8.
突風
〔中央公論新社:文庫(中公文庫)〕
●全集(7話)
1.
潜在光景
2.
典雅な姉弟
3.
万葉翡翠
4.鉢植えを買う女
5.薄化粧の男
6.
確証
7.
田舎医師




※「
突風」が未収録
本の題名 松本清張全集 1 点と線・時間の習俗【蔵書No0022】
出版社 (株)文藝春秋
本のサイズ A5(普通)
初版&購入版.年月日 1971/04/20●初版
価格 800
発表雑誌/発表場所 「婦人公論」
作品発表 年月日 1961年(昭和36年)7月号
コードNo 19610700-00000000
書き出し 上浜楢江は、A精密機械株式会社販売課に勤めてているが、女子社員としては最年長者である。彼女はまだ独身で、それに金を溜めていた。社員たちはこっそり高利で金を貸していた。上浜楢江がこの社に入社したのは、終戦直前だった。旧制の女学校を出て、すぐに就職したのだが、当時は男子が不足で、かなりの女子社員がどこの社でも採用されている。しかし、二、三年後、出征した社員がぼつぼつ帰社するようになってから、この社でも女子社員の整理問題が起こった。このとき残されたのは、上浜楢江ほか二人だった。三人ともタイピストだったためである。終戦後はどこの社にも民主化運動というのが起こり、男子社員も女子社員も給料の差別がなくなってしまった。爾来、ベースアップごとに、彼女ら三人は男子と同じ条件で昇給した。
あらすじ感想 「○○を買う女」で思い出すのが、『地方紙を買う女』である。これは、「清張作品の題名に関する一考察」で、最初に取り上げた。
この時のタイトルが『買う女と売る女』だった。片手落ちだった。『鉢植えを買う女』が抜けていた。(追記で補正)
『地方紙を買う女』は、「小説新潮」1957年(昭和32年)4月号。『鉢植えを買う女』は、「婦人公論」1961年(昭和36年)7月号であるが、小説としての設定時期は
そんなに違っていないようだ。

シリーズ作品【影の車】の特徴かも知れないが書き出しが女性の名前で、ズバリ事実を短く書いている。
(『確証』・『潜在光景』・『田舎医師』・『突風』と、シリーズ作品【影の車】の8作品中5作品である。男の名前も含めて)

●参考【清張作品に登場する書き出しの名前に関する考察
上浜楢江は、A精密機械株式会社販売課に勤めてているが、女子社員としては最年長者である。
蛇足だが、『地方紙を買う女』は、
>潮田芳子は、甲信新聞社にあてて前金を送り、『甲信新聞』の購読を申しこんだ。
で、始まる。

戦後どこの社にも民主化運動と言うのが起こり...とあるように、戦後、二,三年後出征した社員がぼつぼつ帰ってきた時期の話である。
女子社員の整理問題は、当時の女子社員にしてみれば死活問題だったと考えられる。
上浜楢江は、タイピストであったので、楢江を含めて三人は残ることが出来た。
そして、幸運にも給料も男子社員と同じに昇給した。

手に職がある、職業婦人というわけで、小金を貯めていて、こっそり高利貸しのようなことをしていた。
上浜楢江は、十八歳で入社して、昭和二十五年には二十三歳になっていた。
社に残ることが出来た三人のなかで、楢江は、体格も良く一番縹緻(キリョウ=器量)が悪かった。
彼女に対する描写が辛辣だ。容姿に対する容赦ない表現、ただ、透明感あふれる皮膚については、清純に見え、澄明なバラ色が浮かんでいた
追い打ちがかかる。彼女の声は嗄れていた。声だけを聞けば、年増女のように聞こえた。
同僚の、A子とB子は美人だった。楢江との対比で近代的な印象を書いている。だが、楢江から云わせれば、それが不幸だった。
三人は衝立で囲まれた場所で仕事をしていた。若い社員たちは油を売りにやってくるが、楢江にも声をかけざるを得ない。
だが、どう考えても上浜楢江に誉める言葉はなかった。どこまでも辛辣だ。

二十三,四になると、彼女の唯一の取り柄だった輝くような肌の色艶が失せていった。
楢江には母と兄がいたが、兄の収入はとても楢江には及ばなかった。楢江は一家の生計を担っていた。
彼女が「美しかった時代」に縁談もあり、見合いもしたがすべて相手から断られた。
同僚の二人の美人と若い社員の恋愛話に参加することも無くなると、懸命に仕事に精を出した。
後妻の話の屈辱に耐えられなく断ると、後妻の話すら来なくなった。二十八,九になると結婚も諦めた。
楢江は金銭に執着するようになった。
A子は、社内でも一番の美貌の男と社内結婚した。楢江もその男をよかれと思っていた。
その美貌の持ち主の男も、十五年経つと出世からも取り残され、無残な風采の上がらない中年男に成り下がっていた。
A子も社に顔を見せることがあったが、それは、給料日だけだった。それも裏口でそっと夫を待っていた。
窶れたA子は、楢江に会うと愚痴るのだった。
>「酒ばっかり呑んで、ほとんど給料を持って帰らないのよ」
>「やっぱり結婚するんじゃなかったわ。あなたが羨ましいわ」


あるとき、A子は「ねえ、上浜さん」羞恥を押さえて頼んだ。
お金を貸してくれと言うのだ。

「あなたも独身だったらよかったのに」楢江は勝ったのだ。復讐が成立した。
A子の容姿に対する清張の描写は、時が経ったことによって一転する。近代的な美人が、小皺が深まり,老けた額には雀斑(ソバカス)のようなうすい
汚点(シミ)が浮かんでいた。

B子も二十四歳のとき結婚した。目鼻立ちも派手だったが、性格も奔放だった。
結婚相手は社内の人間ではなく、建築技師だった。相手は、A子の相手同様に申し分ない容姿で、楢江もB子に紹介され赤くなった覚えがあった。
五年後B子は、夫と死別した。子供を抱え、実家に戻っていた。現在では、何処かのバーで女給をしているらしい。

楢江は、金さえあれば、如何なる不幸も、ある程度防げるものだと信じた。
彼女は、タイピストの仕事を後から入った若い社員に譲り、販売課の庶務係として男社員の末席に机をあてがわれた。
戦前から居る彼女は、男社員と待遇は変わらなかった。後から入ってきた男社員も羨む給料を貰っていた。定年も男社員と同じだった。
だから、彼女は、金輪際会社を辞めようとは思わなかった。休まず給料分だけ働けば良かった。

A子も、その後何回か金を借りに来た。
利子は一割ほど天引きして取った。A子は悲しそうな顔をして頭を下げ小走りに去って行った。爽快さを感じる上浜楢江。

楢江の兄夫婦が、彼女の金を当てにするようになると、実家を出て、アパートにを借りた。
アパートの部屋は豪奢にした。食事は倹約しても、彼女の贅沢は家具類にそそがれた。
それは「自室の調度に彼女のナルシズムが乗り憑ったかのようだ」と表現されている。
それらは、月一割と言う利子がもたらしたものだった。
それを教えてくれたのは、退職した警備課の老人だった。
「いや、金というものは面白いですよ。上浜さん」老人は続けた。
>「われわれは、社員からみると、まるで屑みたいな人間ですがね。詰襟を着て玄関に立っていると、あの人たちはパリッとした背広で颯爽と出勤してきます。
>そういう連中」がわたしにこっそりと金を借りに来るんですよ。おもしろぴものですな。
>日ごろわれわれに見向きもしないような人が、愛嬌を作って頭を下げるんです」

老人は黄色い歯を見せて笑った。

老人の言葉は、容貌の醜い老嬢に対する同情か、同種の人間に対する共感からだったのか。
上浜楢江は、老人の言葉を忠実に守った。

彼女は職場での立場を最大限に利用した。出張費の精算など事細かにチェックした。それが彼女の役目でもあり、超ベテランの彼女には誰も逆らえない。
彼女の指摘は正当であり、上役ですら認めざるを得ない内容でもあった。
もはや、アラ探しに近い状態になった。それは若い社員を虐める事になるのだが、むしろそれに生きがいを感じていた。

上浜楢江は、社内では金銭貸借の関係以外では相手にするものがいない。
しかし、社内の噂話にはこっそり耳を傾けていた。強烈な一文が続く。
>だが、彼女は決して乾涸らびた女ではなかった。
俗ぽっくいえば、女を捨てていなかった。

彼女に対する噂話は猥談として男たちの俎上に昇る。
>「なにしろ、男を知らない女だからね。一度味を知ったら、悪女の深情けで、どこまでも追っかけられるか分からないぞ」
冗談ではなく事実、そう思われてるところに篤志家が現れない理由があった。
>「あの女、ワイ談には平気だぜ」
>「そういえば、平気な面をしているが、眼の色が潤んでくるよ」
猥談はさらに卑猥になりながら彼女を蔑む。それは金銭を借りていない連中の悪態だった。

会計課の杉浦淳一も楢江から金を借りていた。
会計課だから、他人の金の勘定ばかりであることは不合理ではなかった。
彼は、二十五歳。いつも軽口を叩く剽軽な男だった。飲み屋の借金に追われて、楢江に金を借りるようになった
期限が来ても返せないうちにまた借りる状態で、楢江から「あんたなんか、伝票の操作でちょっと誤魔化せば、いくらでも融通がつくじゃなの?」
と冗談交じりに云われていた。
さすがに、それだけは出来ない「それだけはおれは固いよ...」と答えていた。
杉浦淳一は飲み屋の払いだけでは無く、競輪もやっていて、いまに大儲けをして一遍に返すからと夢のようなことを言っていた。

利子も払えなくなっていた杉浦淳一は、上浜楢江を陥れることを考えた。
ある晩遅く、杉浦淳一は楢江のアパートを訪ねた。
かなり酔っている風であったが、借金を返すとの理由でドアを開けさせ、上がり込んだ。
杉浦淳一は、彼女陥れることに成功した。

「ほう、君はやっぱり処女だったんだね」

結末に向かって話は進むが、結果として杉浦淳一の計画は頓挫する。頓挫しただけではない、彼は、楢江の冗談を実行していた。
上浜楢江は、したたかな女だった。

アパートが建てられそうな土地を買った。自宅を持つことにした。

「鉢植えを買う女」は、鉢植えを買うことは止めた。亜熱帯植物は「やっぱり家の中では駄目ですよ」と言いながら、花壇を整備した。
彼女の庭園は見事な花を咲かせた。別の畠では野菜がひときわ見事に生長した。

それは、肥料のせいなのだろう。



2022年05月21日 記 
作品分類 小説(短編/シリーズ) 19P×1000=19000
検索キーワード タイピスト・縹緻・高利貸し・年増女の声・不幸な結婚・猥談・処女・会計課・横領・アパート・完全犯罪
登場人物
上浜楢江 A精密機械株式会社のタイピスト。戦前から勤めている。体格も良く一番縹緻(キリョウ=器量)が悪かった。小金を貯めて高利貸しのようなことをしていた。
容姿のせいか結婚も出来ずに三十を迎えようとしていた。
A子 上浜楢江の同僚、A精密機械株式会社のタイピスト。将来有望と思われる社内の男と結婚するが、不幸な結婚生活となる。
恥を忍んで、上浜楢江に金を借りる。
B子 上浜楢江の同僚、A精密機械株式会社のタイピスト。建築技師と結婚するが、夫に先立たれ、子連れで苦労する。
警備課の老人 上浜楢江に金の魔力を教える。楢江にとっては人生の師匠だったかも知れない。
杉浦淳一 A精密機械株式会社の会計課の社員。軽口を叩く剽軽な男だった。飲み屋の借金に追われて、上浜楢江に金を借りる。最後に金を持ち逃げする。

鉢植えを買う女