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松本清張_流れの中に(改題)現場を撮る

(原題=流れ)

【No 012】

題名 流れの中に
読み ナガレノナカニ
原題/改題/副題/備考 (原題=流れ)
●「小説中央公論」1961年(昭和36年)10月号「流れ」を改題
本の題名 憎悪の依頼【蔵書No0068】
出版社 (株)新潮社
本のサイズ 文庫(新潮文庫)
初版&購入版.年月日 1982/09/25●初版
価格 320
発表雑誌/発表場所 「小説中央公論」
作品発表 年月日 1961年(昭和36年)10月号
コードNo 19611000-00000000
書き出し 笠間宗平は五十二歳になった。勤めている会社は、三十年勤続すると半月の慰労休暇をくれる規定になっている。宗平もその資格に達した。会社は休暇に添えて五万円をくれるのだ。たいていの社員は家族を連れてどこか遊びにゆくが、宗平はひとりで旅をするつもりだった。妻は何年ぶりかに温泉地にゆきたがっていたが、宗平はそれを断わった。彼もあと三年経つと定年になる。実は、この旅の計画はずっと以前から考えていて、定年後に行うつもりだったが、それではあまりに侘びしくなる。あと僅か三年でも、やはり働いているうちにその旅をしたかった。それは、宗平が小さいときに送った土地を訪れてみることだった。といって、このような土地には宗平には暗い思いでこそあれ、懐かしさは一つもない。三十数年前も自分の心から遮蔽していた土地をいまさら懐かしむつもりはない。亡父への記憶をその土地へ行って手探りたかっただけである。宗平もほぼ亡父の晩年の年齢になっていた。そのことからこんな思い立ちになったのかもしれない。
あらすじ感想 事件は起きない。主人公笠間宗平の思い出をたどる旅である。

事件は、思い出の中に存在する。でも、その事件は主題ではない。

旅の目的がこの小説の主題である。

「宗平が小さいときに送った土地を訪れてみること」と、書かれているが、主人公笠間宗平も亡父の

晩年の年齢になったことがこの旅の思い立ちになたようだ。

旅のルートを具体的に当てはめようとするが、よくわからない。

最初に降りたのがSという町。瀬戸内海に面している。もっと西の、M町。

M町は瀬戸内海が九州の突端でくくれる地点の近くにある。

この町から二里ばかり離れたところに、天満宮で有名なBの町。

MとBの二つの町の間に、大きな川が流れていた。T町は盆地で、M町から山へ向かって汽車で

1時間で、県庁所在地。そしてO町。

B町の天満宮は防府天満宮だろう。川は佐波川か?。県庁所在地が山の中の盆地なら、

山口県以外考えられない。T町は山口市近辺、O町は小郡?。

さて、この小説は、「主人公の笠間宗平の思い出をたどる旅である。」と書いたが、

なぜ笠間がその旅に出たのか明確にしていない。でも、その気持ちはなんとなく理解できる。

しかし、極貧といってもいい小さい時の記憶は、いまさら思い出したくもないのではないか。

その思い出をたどる旅としても、楽しくないのではなかろうか。

それでも旅を続ける彼の目的は何なのだろう。

貧乏から這い上がれない父。父と叔母の関係。母と叔母。

幼い宗平一家の周りに登場する人物はみんな同じ時代を生きている。

この小説の各場面は、清張作品の中に度々登場する、原点のような気がする。

長編小説の書き出しである。

鮭の鱗と、鱒の鱗の話が妙に印象に残った。


2003年02月20日 記

追記(2005年07月25日)
>鮭と鱒とは、ちょっと見ると形が似ているために、区別がつかない。しかし、宗平は、そのうち、
>鮭の鱗は大きく粗く、鱒の鱗のそれが小さくて細かく詰んでいることを発見した。
作品分類 小説(短編) 14P×680=9520
検索キーワード 旅・極貧・鮭の鱗・鱒の鱗・思い出・天満宮・父・叔母・母・瀬戸内海
登場人物
笠間 宗平 52歳。
笠間宗平の父 50歳過ぎに死亡。
笠間宗平の母 「宗平が子供心にも絶えず恥ずかしくなるほど醜い顔だった」おきくの姉
おきく 笠間宗平の叔母。十五,六で宗平の子守をする。生きていれば七十前後?

流れの中に