NSG(日本清張学会) 日本清張学会(NSG)設立10周年記念・特別テーマ/「遠い接近」と「任務」蛇足の 尾ひれ
2006年8月4日設立
「遠い接近」「任務」

徹底検証
2017年1月21日登録

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比較表
「遠い接近」 「任務」
●初出 「週刊朝日」1971年(昭和46年)8月6日号~ ●初出 「文學界」1952年(昭和43年)12月号
●全集39巻.新書(KAPPANOVELS).文春文庫等で出版

遠い接近(新書(KAPPANOVELS)

1972/07/15●51版1976/02/10
●再録

松本清張研究 2016年(第17号)
発行:北九州松本清張記念館
2016/03/31●初版
 
●書き出し
 夏が過ぎ、九月にはいると,どこの印刷所もぼつぼつ活気を帯びてきた。
連日徹夜をしてもまだ足りない一二月の忙しさがこのころからぼつぼつはじまる。自営の色版画工の山尾信治には夏でも仕事の切れ間がなかった。小川町の裏通りにすんでいる彼は、神田から四谷にかけて二つの大きなオフセット印刷所と三つの小さな石版印刷所を顧客に持っている。戦争がしだいに激しくなってきていたが、信治の仕事は、減らないばかりか、かえって忙しくなっていた。色版画工は、二色以上の印刷物の原版を描く。原画を見ながら、色別に分解して描き分ける。多色刷りの場合は、三原色の版に補色が二版、それに墨(クロ)版を入れて六色の版を描き分ける。濃淡やボカシにはフィルムの網目をこすりつけて調子を出す。中間色は三原色混合の法則に従って、色と色とをかけ合わせる。
●書き出し
龍山の兵営は、丘の傾斜に沿って、次第に積み重ねるように、せり上がっていました。内地の兵舎と異なって赤煉瓦造りの建物は、壁に蔦さえ這い廻っていて、まるで外国の由緒ある大学構内のように荘重でした。私は段丘に層々とならんだこの建物を、兵庭の端から眺めて愉しんだものでした。
医務室は、こういう構内を見下ろした丘の頂上にありました。やはり赤煉瓦つくりで細長いこの建物は、いかにも積み上げの頂天のように、こじんまりしていました。建物の前後を回って、鉛筆のように直線的な白楊(ポプラ)の群れが高々と空に伸びて、そのいくつかには、朝鮮鳥と兵隊がよんでいる鵲が巣をつくっていました。
『遠い接近』【新書(KAPPANOVELS)】は、1976年には51版を数えている。
1971年に発表され
(1971年8月6日~1972年4月21日)、単行本になったのが、1972年7月15日
蔵書は1976年版(51版/KAPPANOVELS)だが、松本清張全集39巻(全66巻)にも収録されている。

しかし、『任務』は 松本清張研究 2016年(第17号)に再録されるまで日の目を見ていない。

『遠い接近』は、長編で『任務』は短編、しかも48年後の作品である。

二つの作品の相違を検討してみる。

推理小説である。通常の小説の書き方である。
主人公は、山尾信治。

【原文に忠実に再現】
第二班の人名の読み上げが終わったころ、信治は整列から離れて准尉の真ん前に出た。
そこで
捧げ銃をした。
准尉は将校待遇だから、そうした敬礼をしなければいけないと思ったのだ。
「なんだ?」
准尉は、それが突然だったので、ちょっとびくりした眼で捧げ銃の衛生二等兵の顔を見た。
「陸軍衛生二等兵山尾信治であります。准尉殿に申し上げます。自分は石版画工でありますが...」
信治は、」背後に幾百人という兵の注目を意識しながら懸命に言った。
生命のためなら、なりふりかまっていられなかった。軍隊は、他人の思惑に遠慮しては損なところである。
「......版画工というのは、文字をきれいに書く仕事でもあります。筆耕として中隊事務室に使っていただきたいのであります」
信治が言い終わると、准尉はそれには黙って、列にかえるように顎をしゃくった。


純文学的作品である。一人称で、私の一人語りでもある。
主人公は、私(末田衛生兵)

【原文に忠実に再現】
釜山から一晩かゝつて京城に着き、雨の中を龍山まで歩かされました。いよいよ仮の中隊配分が決まったとき、ふと心に或る考えが浮かびました。私はニューギニアには行きたくない。そのためには見得も外聞もない気持ちでした。私はまだ人員などを書類片手に調べているその中隊の准尉の前に走っていき
捧げ銃をしました。
「何だ」と准尉は突然の私の行動に眼を剝きました。
「は、准尉殿にお願いがあります。自分は地方で教員をして居ました。文字を書くことも、ガリ版を切ることも自信があります。自分を中隊の事務室要員にして頂きたくあります」
准尉は私の顔をじろりと見て、
「よし、元へ帰つとれ」
と云いました。
その表情から私は何の判断も取れなかったのですが
、ともかくそれを通じておいたということで、少しは気が休みました。
私は三ヵ月の教育期間で、軍隊というところは自己宣伝しなければ駄目だと云うことを知りました。



ヨーチン(衛生兵)

【原文に忠実に/医療用語】
ガンケンイッケツ無し
ゼツにハクタイをイす。
腹部、ヤヤ、ボウマン。チョクチョウブにライメイオンを聞く
ヒフクキンツウあり

ヨーチン(衛生兵)

【原文に忠実に/医療用語】
ガンキュウシンセン=眼球震顫
ゼツニハクタイヲナス=舌に白苔を衣す
フクブグルオン、ゼンドウ=腹部グル音、蠕動

●軍医

畑中大尉:高級軍医
野村少尉:禿げ頭の小肥りの軍医
森田少尉:痩せて顎がつき出ている軍医

●軍医

森野軍医:中尉。二十貫のずんぐりした身体。禿げ頭と、
       小さい眼と、とぼけた表情
須田軍医:見習士官。三十歳くらいで、丈が高く、色白

結論

登場人物、場所の設定など、「遠い接近」は、
「任務」を基本に書かれtのは間違いないだろう。
話の展開は、「遠い接近」は推理小説として書かれて、
私小説的な「任務」とは全く違う。
初期作品の推敲による、改作とも異なる。

「任務」の内容は清張の軍隊の実体験が基本だと
思われる。
ニューギニア行きは、死を意味する。
恐怖から、事務室員で朝鮮に留まることを
希望する主人公。

准尉に希望を申し出る場面は両作品で一致する。
主人公の状況設定で、「任務」では家族関係など
全く書かれていない。
「遠い接近」では主人公が朝鮮に至るまでが
克明に描かれている。
後の復讐劇の中心テーマに繋がるからである。

他にもこのような関係にある作品は
存在するのだろうか?




2017年1月21日 素不徒破人
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